TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-18]

「さ。どっから行く？　行けるとこなら案内したげる」
　って、まあ、マリアはなんだか元気だ。地元だからだろうか。
「そうか…ここがカラドリアなんだ」
　カラドリアの入り口は大きな門になっている。そのアーチをくぐっていくのはボクたちだけじゃない。今、目の前でもたくさんの人や荷車たちがカラドリアへの出入りを繰り返している。
　はるか昔には町の周りはぐるっと城壁のような頑丈な壁に囲まれていたんだそうだ。でも今はこの古ぼけた重厚な門と、ところどころに残骸のような低い石垣が見えるだけ。そんな話を聞くと、苔むしたこれはゲルンタージュよりも歴史がありそうな気がしてくる。両脇に人一人入れるくらいのへこみが二つあるのはそこに門番でも立ってたんだろうか？　今はそんな人もいないけどね。
　しっかし。なんだかもの足りないなあ…と思ったら飾りとかそういうのが一切ないんだ、この門。本当に切り出した石をそのまま積み上げて造られている。ゲルンタージュじゃちょっと考えられないよなあ…こんなのっぺらぼうなの。って、こっちが当たり前で普通になるんだ。なんだか…これじゃまるで田舎もんだよな、ボク。
「ん？」
「いや…人、多いなと思ってさ」
「時間も時間だからね」
　荷物を整理しながらアレンさん。おじさんの荷車から降ろした荷物を道の端に寄せて、これから使う物と使わない物を分けていくんだそうなんだけど…どこか楽しそうにも見える。
「夕飯の買出しとかそういうものですか？」
「うん。門の近くに市が立つんだよ。これくらいの時間だと、皆買い物に来るんだ。それで人が多いんだね」
　だから多いのか…。すれ違う人が何人も何人もいる。いや、ゲルンタージュでだってすれ違う人くらいいる。ただ、すれ違っても一人、二人…と数が数えられるくらい。そういう人たちのほとんどは顔見知りだったりするしね。こういう人の波…とでも言ったらいいんだろうか。あちこちから流れ来るように押し寄せては返って行って…それが全部知らない人ばかりっていうのは、正直、かなり驚いた、と言うか…違和感を感じてしまう。
「どしたの？」
　いつのまにかアレンさんと一緒に荷物の整理を始めていたマリア。その顔はいつもと変わりない。…そっか、こいつにとってはこれが普通で当たり前なんだ…。
「いや、なんでもない。なんでもないんだ…うん」

　門のそばの市、というくらいだから、それこそ行商の人たちが固まって市のようなものをやってるのかな…と思ってたんだけど、町中へ移動を始めて、それが予想とは大分違うということを思い知らされた。きちんとした、と言うと変だけど…平屋のシンプルな建物がいくつかあって、その中に食料品を始めとした店がいくつも入っている。それもいくつもいくつも。モノは食料品だけにとどまらず、服から小物から色々な道具や資材まで。揃わないものはないんじゃないか…とまで思わせてしまう。なんで門のそばにこんなたくさんの店があるか、と言うと搬入が楽だからなんだそうだ。たしかに、ここに店があればゲマ街道を渡ってきたものを運び入れるは非常に簡単だね。
　しばらく見て回ったんだけど、次から次へと無数の荷物が運び込まれていってる。人の活気…いや熱気？　そういうのものもハンパじゃない。
「……」
「今は時間も時間だから混んでるけどね。もっと早い時間だとここまでじゃないのよ」
「……」
「って、聞いてんの？　マルティン？」
「あ。うん…」
　早足で前から歩いてきた主婦っぽい人をなんとか避ける。いかんいかん。こんなとこでぼおっとしてたら迷惑になっちゃうよな…。店の数もそうだけど、人の数だってゲルンタージュとは比べ物にならない。買い物に来ている人も多いし、店をのぞきこんでいる人、ただ歩いてるだけらしい男女二人連れがいたり…家族らしい数人が連れ立って歩いてたりする。ハイドシュタインも人の多い町だったけど、ここはなんと言うか…その…人の濃さとか密度が違うような気がする。
「さすがに疲れが出てきたかな？　マリア君、どこか安く泊まれるところないかな？」
「安宿なら裏路地行ったらいくらでもありますよ。…知り合いがいるとこもあるんで、そこ、行ってみましょっか？」
「そうだね。…マルティン君、行くよ」
　アレンさんに軽く腕を引っ張られて、なんとかその場を離れられたような気がする。二人がいなかったら、ボクは、ずっとあの怖いまでに流れていく人の群れに身を任せていたかも知れない。そしてどこまでもどこまでも流されて行ってしまったかも知れない。

　人に酔う、というやつだろうか。…どうにも顔が火照ってるような気がする。何度か両頬を軽く両手ではさんでみて…その冷たい感覚で我に返った、ような気もする。
　正直言うと…怖くなってきてる。
　ここまで人が多くて流れてる町だとは思わなかった。大丈夫なんだろうか…ボクみたいのが歩き回っても。