TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-19]

　…しかしそんなことアレンさんに言うわけにもいかないし…マリアに言っても、さらに仕方がない。

　前を行く二人の背中を懸命に追いかけてるような、気分、だ。歩く速さは今までとそれほど変わっていないはずなんだけど…なんだかおいてきぼりにされそうな、そんなうすぼんやりと不安な思いが頭の隅っこにしっかりと根を張り始めていて、追い払えない。なんだかとってもイヤな感じがする。
　ボクらは荷物を背負ってるわけだけど、そういう人たちは他にはほとんどいない。いるとすればゲマ街道を行き来する商人とか業者さんとか。普通に町に住んでる人がこんな荷物背負ってるわけもない。だから、なんだか、そういう違いというか…誰かに見られているような笑われているような…。

「…マルティン…？…」
　マリアの声が聞こえた、ような気がしていた。なんだかやけにあったかい声だった気もする。氷を溶かすお湯のような声。いや、違うな…冬の寒さをゆるませてくれる春の声。ああ、そうだ、ゲルンタージュだったら春先に花を飾るんだ、家の前や店先に。これはどんな花、あれは何の花、あっちはきれいだけどうちのもきれいだ、って皆で笑い合いながら…。

「おやおや…起きたようだね」
　…目を開けてみると…見たことのない木の天井に…暗めのランプが下がっている。明るさが…？　あれ？　窓から差し込んでくる日の光が…。
「あれ…ボク…」
　起き上がろうとしたら…アレンさんにそっと止められた。
「少し強行軍になってしまったようだね、すまない」
「…いえ…」
「本当ならカラドリアの手前で休んでから、だったからね」
　また、倒れちまったのか、ボクは。しかも一晩？　窓の外には白い光が満ちていて、カラドリアに入った時に見た夕焼けの橙色とはまた違う色の光景。明らかに朝早い町の風景なんだ…。
「ぐっすりと寝てたよ。まあ、僕もさっきまで寝てたんだけどね」
「すみません…」
　これはまたマリアに冷やかされるな。うん。こういうネタは放っておかないだろうからなあ…あいつは。って、あれ…？
「あ…マリアは…？」
「まだ寝てな、色男。ったく、街道渡ってきてすぐにバタンキューなんてなこちとらも初めてだよ」
　…誰？

「こちらはジャスミンさん。この宿屋の女将さんってとこかな」
「やだよ、あたしゃ女将さんなんてガラじゃないよ。…まあ、責任者は責任者だけどね。宿の切り盛りしてるのはこのあたしだからね」
　…起き上がれないからどんな人かは分からないんだけど。でも豪快に笑う人だなあ…あの荷車のおじさんもそうだけど、カラドリアってのはこういう人たちばっかりなのかなあ…。
　と、思ってたら顔をのぞきこんできた。…ち、近いし…なんか、いい匂いが…。
「大分顔色も良くなったみたいだね、うんうん。これであとはあの鉄砲玉が戻ってくりゃ万事問題なし、かい？」
「そうですね。あんまり時間もありませんし…」
　そこへいきなり足元の方からドアを思い切りよく開ける激しい音が。
「姐さん、トッコの実、全然水にさらしてないじゃないのよお…今からさらしたって間に合わないからピルロの実、持ってくよ」
「ええ？　そりゃあ…ちょっと困るよ。いくらしたと思ってんだい、それ」
「知らない。大体姐さんが水にさらしたトッコの実があるって言うからわざわざ倉庫まで行ったってのに。ああ、もう…これじゃマルティンが目覚ました時に間に合わな…」
　ってとこでどうも気づいたらしい。ボクが起きてるってことに。…そうか、鉄砲玉ってマリアのことか。行ったっきり戻って来ないとかそういう意味…っておいおい。

「…ナニ勝手に目、覚ましてんの？」
　胸倉掴みあげるかあ？　普通？
「アタシの準備が終わるまで寝てなさい。いい？」
「いや、そりゃ…」
「大体ねえ、具合悪くなったらアタシかアレンさんに言って、って言ったでしょ？　なんで言わないのよ…どんだけ心配かけさせたら気が済むのよお…」
　ようやく放してくれたんだけど…あれ？
「バカなんだから、あんたは。ほんっとにバカなんだから」
　と、今度は思いっきりボクを突き飛ばすと部屋から出て行ってしまった。…泣いてた…のかな、マリア。悪いことしちゃったかな、心配してくれてたみたいだし…。

「…ねえ。あの二人っていつもあんななのかい？」
「まあ、こんなもんです」
「大変だね、こりゃ…色々と」