TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-20]

　ベッドから上半身を起こしてみる。…少し、頭がだるいかな。でも歩くのに問題はないと思う。あれだけ寝てたわけだし…恥ずかしながら。やっとカラドリアに着いたんだし、もっと色々と見て回りたいしね。でもやっぱり疲れてはいたのかな…。
「もう大丈夫みたいです…心配かけてすみません」
　と、床に足を下ろしてみる。ひんやりとした感覚が足裏に伝わってくる。…靴は、と。
「まだ寝ておいた方がいいと思うんだけどね」
　でもアレンさんは腕を組んで、やや、難しい顔。
「そんなに遠くまで行ったりするつもりはないんですよ。ただ、少しその辺を歩いてみたいなあ、と」
「うーん…」
「まあ、仕方ないだろうねえ。このまんま寝たっきりじゃあ、何しにここまで来たんだか分かんないからねえ」
　やっぱり豪快に笑うジャスミンさん。

「行かせてやんなよ、何、同じカラドリアの中だあね。そうそう迷子になったりもしないだろうさ」
「しかし…」
「昨日から言ってただろ？　アクシーバの花、取りに行きたいって。ありゃあ難所っちゃあ、難所だからね。期限は今日か明日ってとこだろうしね」
「そりゃあ、そうなんですが…」
「心配ないって。この色男もいい年なんだ。いつまでもヒモ付きってわけにもいかないだろうさ。それに…」
　ちら、と奥に視線を走らせる。え？
「あの鉄砲玉もしばらくは出てこないだろうからね。人間、ヒマこいてるとろくなこと考えない。だったらいっそ放り出しちまえ、ってね」
「はあ…」

　ジャスミンさんに説得される、というか押し切られるような形だったけどなんとかうなずいてくれたアレンさん。本当は僕も一緒に行きたいところなんだけどね…と残念そう。例のハインツ兄と約束してるお金儲けのことがあるんで、すぐにでも出かけないといけないんだって。
「アク…シーバ、ですか？」
「うん。非常に貴重な植物の花でね。もちろん栽培なんかできやしない。しかも生えているのはこういう都会の真ん中なんだ。山奥とか草原の中じゃないんだ」
　すでに足周りは整えてあるのだろうけど。ただ…アレンさん…その、縄は…？
「これかい？　これはこうやって引っかけて使うんだ」
　と、先についている…何だろ、カギ…というかツメ…と言うか。縄の長さはボクの身長の二倍以上は楽にある。その先に曲げた指のような、引っかけるツメがついてる金具がついてる。
「……」
「アクシーバてのはツル性の植物なのさ」
　あっけにとられてるボクを見かねたのか、ジャスミンさんが面白そうに説明してくれる。
「これがなんでか煙突にしか生えないのさ。煙突ってのはすすなんかがこびりついてるだろ？　あれにタネがくっついて芽が出る。煙突の中をツルが這い回って…外へ出た時に花をつける。そしてそこからタネの入った実を飛ばすんだけど、実がなる時に特殊な匂いを出すようになるのさ」
「その匂いはマダラフサカミキリムシを呼び寄せるものでね。この小指の爪の先ほどもない小さな虫は乾燥した生木を好むんだ。匂いに釣られてやって来て、その脚や体に実をまとわりつかせる。そしてマダラフサカミキリが町中で好みの木を見つけるとそこへ実が落ちるようになってるんだ」

「好みの木…と言うと街路樹か何かですか」
　ゲルンタージュだとマニスの樹があるんだけど…。
「いやいや。乾燥している生木だよ。別にそれは生きている木とは限らない。そしてアクシーバが煙突にしか生えない、ってことは…分かるよね？」
「…焚き木…ですか？」
「よ。ご名答。そうなのさ、焚き木についたアクシーバの実はある条件がないとタネが出ないようになってるんさ。それは…火が着くってことでね。燃やされて初めてその頑丈な殻を破って、中に入ってる砂粒よりも軽いタネが無数に飛び出していくって寸法さね」
「そしてそれがすすについてまた芽を出して…ってわけですか」
「うん。本来は山火事なんかの時にこうやって実をばら撒いていた、という話もあるんだよ。だけど、雨が多くて湿度の高いイルトンランドじゃまず山火事は起きない。起きるならもっと乾燥しているセントレランドかウェルトランドだろうね。実際、アクシーバはあっちの方では時折見ることのできる植物なんだ。何かの事情でカラドリアまで辿り着いた新参者なのかも知れないね」

　…なんだか…すごい植物なんだな…。
「で、アクシーバの花には特殊な花粉があってね。これが大変に高価なんだけど…めったに手に入らない。しかもこの辺じゃ、カラドリアにしかない。手に入れば一気に稼ぐこともできる」