TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-21]

　そこまで話を聞いて…ふと、思ったんだけど。
「でも煙突に生えるってことは結構目に付くってことじゃないんですか？　あちこちの煙突からツルが伸びて花が咲いたら…」
　と、言ってみたらアレンさんとジャスミンさんは顔を見合わせて…笑い出してしまった。え？　え？
「いや…済まない。アクシーバの花ってのはそれこそ親指の先ほどもないし、ツルの太さも髪の毛よりも少し太いくらいなんだ。しかも花は花だけど花びらなんかもない…例えて言うなら爪楊枝みたいな針みたいなものでね。だからよほど注意深く観察しないと見つからないんだね」
「それに煙突って言っても全部の煙突に咲くってわけじゃないんだよ。そうさねえ…百本のうち一本あったらいい方かねえ…めったにお目にかかれない代物だから値も張るってもんなんさ」
　はあ…。
「あたしもルートセラーだからね。そういう情報があればこうやって売ることもあるんさ」
「え…そうなんですか…？」
「とは言っても採集やら調合やらはもうほとんどしてないんだけどね。まあ…薬店みたいなものかね。でもミナハとかそういう感じでもないねえ…それなりに在庫はあるけど専門に売ってるってわけじゃない。でもその手の情報ならたくさん扱ってるんさ」

「あの鉄砲玉ともちょいとした縁があってね。…あたしが一から教えたもんだよ。…中等学校くらいからだったかねえ…それから引っ越して行っちまったけど最近はまた戻ってきたみたいで何よりだよ」
　…ルートセラーってのはタブレット発行してもらってすぐに営業を始められるって場合はほとんどなくて、そういう新人さんはまず中堅のルートセラーにくっついて色々教わっていく…てなことはマリアも言ってたっけ。あ、でも新人のさらに前から色々教わってたってことになるのかな。
「じゃあ、マリアはここにはよく来ていたんですか？」
「ああ。それこそ中等学校の頃は毎日だったねえ…おかげであたしも散々文句言われたもんだよ、あれの家にね」
　家ってことは…。
「ローガンの家、と言えばカラドリアじゃ有名さね。でも名前だけはよく知られててもどんな人がいて、どんなことやってるのか、なんてことはほとんど知られちゃいない。正直最初は信じられなかったさ。こんな背の低くてどこにでもいそうなガキがローガンの末娘だ、なんてね」
「まあ…たしかに」
　あれで貴族だ、とか言われてもなあ…。
「さ。色男はお出かけだろ？　アレンさんはアクシーバの花、探しに行っておいでな。あんまり時間置くと誰かに持って行かれっちまうからね。さっき教えた家にはジャスミンの紹介だ、と言えばすぐに分かってもらえる。後はあんた次第だよ」
　これ食べてから行きな、と小さなパンを朝食代わりに渡してくれた。それは軽く握れるほどのもので、携行用なんだそうだ。実際一口で食べてしまった。…昼には帰っておいでな、って。

　と、言うことで宿屋の外へ出たボクとアレンさん。ジャスミンさんは昼って言ってたけど、あんまり無理はしないように、すぐに戻ってるんだよ…とアレンさんはやや心配そうな顔で言ってくれた。…そうだな、あんまりうろうろしても迷惑かかるだけだし…そんなに長くはうろつかないでおこう、やっぱり。

　改めてカラドリアの路を見てみる。…特にこの辺は路地の裏になるらしくて狭くて石を敷き詰めた路になってる。朝方で人もそれほどいない。でもこの大きさじゃ荷馬車なんかは…通れないだろうな。ムカスなら大丈夫かも知れないけど、ここにはいないって話だし。
　ジャスミンさんの宿屋…名前はないんだそうだ『ジャスミンの宿屋』で誰でも分かるからって…はうちとは大分違う。まず、路に面しているのは頑丈そうな木のドアだけ。あとは窓も何もない、普通に苔むした灰色の石組みの壁になってる。その壁はただのっぺりと灰色なわけじゃない。ビラか何か貼ってあったけど強引にひっぺがしたような跡もあるし、ツタ…なんだろうか、茶色く枯れてねじれた針金みたいなツルがカサカサと風に揺られていたりもする。さらに何かよく分からないしみのようなものまであちこちについていたりする。
　しかも中も大分違っていたんだ。
　うちやハイドシュタインのロベルトさんの宿屋なんかだと入ってすぐにホールがある。そこには椅子やテーブルもあってお客さんがくつろげるようになっている。だけど、ここにはそんなものもなく、入ってすぐ目の前にはやはり石の階段が暗く上に伸びている。右手には木のカウンターがあって、これはちょっと狭いもんなんだけど…いつもならジャスミンさんが座っている。二階と三階が客室になっていて、お客さんはカウンターでカギを受け取って階段をのぼることになる。…ちなみに一階の他のスペースはここではほとんどが倉庫になってて薬草なんかを保管してるんだそうだ。
　カラドリアの安宿は大抵がこういう造りなんだとか。一階が店主の家や倉庫になってるんだそうで…そういうとこはそれぞれの宿によって様々らしいけどね。

　やっぱりゲルンタージュとは違う。もちろんハイドシュタインとも違う。以前は東西大街道のバイパスを経由してきたモノやヒトはハイドシュタインに集まって、さらにゲルンタージュやカラドリアからも色々流れ込んでいるのはハイドシュタインだ…と思ってたけど本当はカラドリアがハイドシュタインから吸い取ってるのかも知れない。なんだか発展の度合いが違うんだ、ここは。
　…うーん…なんか歩いてる人まで違って見えるもんなあ…みんな早足だし…。
　とか思いながら歩いてるうちに日も昇ってきた。歩く人も増えてくる。結構ばらばらな時間帯に皆が出歩くもんなんだ、ここは。
　昼前、とはとても言えないけどそれなりに時間が経ったくらいに、小さな広場みたいな場所に出た。ベンチがいくつかあって何人かが休んでいる。へえ、こんな場所もあるんだ。と…
「よお、兄ちゃん。カラドリアは初めてかい？」
　小柄な男の人が小さく手を振りながら近づいてきた。