TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-23]

「ボクはマルティン。マルティン・シュトーレン。ゲルンタージュの出身で…」
　そう言うと、ランカスター・ミナハと名乗った彼はボクの全身を眺め回し始めて…って、ミナハ？　ランカスター・ミナハって…ミナハ？
「あんた…もしかして…本当にシュトーレンの人間なのか？」
「は、はあ…」
　こっちも似たようなこと、聞きたいんですが。あなたは本当にあのミナハ薬店に関係してる人間なんですか、って。

「ゲルンタージュのシュトーレンと言えば大路地亭って店をやってるはずなんだけどなあ…？」
「あ。うん。うちは宿屋やってて、大路地亭って名前だけど」
　たしかに。うちの宿屋は『大路地亭』という名前なんだ。これはうちがカティ通りから突き出た路地の奥にあったことからついた名前、なんだそうなんだけど…今はその路地が丸ごとカティ通りに吸収されちゃってるから奥まった、とか、狭い路地、とかそういう雰囲気はもうない。それにゲルンタージュで宿屋ってうちくらいだもんなあ。普通に『宿屋』で通じちゃうからあんまりその名前は使わないんだよなあ…。
　そんなことを考えていたんだけど、やっぱりまたじろじろとボクの全身を眺め回す。なんだか恥ずかしいな。
「…そっか。分かった。これも縁ってやつかも知れねえな」
　と、今度は手を差し出してくる。右手…握手？
　おずおずと握り返すと、力いっぱい握ってきた。…ええと？
「あの、何がどうなってるんだか…？」
「あ、そうだよな。わりい、オレってばどうも一人で先走っちまうんだよな。だから姉貴にもいっつも叱られてんだ。…ははは」
　いや、だから、ははは、じゃなくて…。
「こんなとこで立ち話もなんだ。軽くメシでも食いながら話そうじゃねえか。何、心配すんなよ。オゴッてやるからさ」
　そうじゃなくて…。
「こっちだ。こっち。知り合いがやってる店があるんだ。安くて美味いんだぜ…座ってゆっくり話しようぜ」

　だから…何がどうなってるんだか…。

　促されるままに彼について歩くことになってしまった…周りはやはり結構な人ごみ。四方から流れてくる人、人、人…なんだけどそんな中を彼・ランカスターはすいすいとまるで魚が川を泳ぐように進んで行く。こういうのは…やっぱり習慣みたいなもんなんだろうか。ボクにはちょっと無理だと思う。大体、こんなに人が歩いてる町、ってのも…なんだかうんざりしてきてしまう。
「お。ここだ」
　店はやはり入り口だけが暗くぽっかりと四角に開いているだけの、ジャスミンさんの宿屋みたいな造りになっている。辺りを見回してみる、と…ゲルンタージュみたいに門があってそこから…という造りの家や店はない。みんな通りぎりぎりいっぱいまで石や塗った壁が白く張り出している。庭とかそういうのはないんだろうか…？　それに「白い」壁と言っても真っ白ってわけじゃないんだ。落書きがあったり汚れていたり…。
「遠慮すんなよ。入ろうぜ」
　…ボクってやっぱりこういう押しに弱いのかなあ…。
　結局その店に連れ込まれてしまった。

　入り口からは下へ向かう階段。とは言っても数段だけどね。ところどころにランプはあるけど薄暗い…半地下というやつだろうか。
　明り取りの小さくて横に細長い窓がある。そこから平たく差し込んで来る太陽の光は店内のわずかなほこりをてらてらと輝かせていて、これはこれで悪くない雰囲気。そして外の喧騒が、ふと、途切れたようにも感じてしまう…店の中にはそれほどお客さんはいないみたい。…そっか、それに半分地下だから外より涼しいんだ。
「おっす」
「おや、ラン坊かい。今日はどうしたね？」
　カウンターでは姿勢のいいおじさんが静かにコップを磨いている。口元の、ぴん、と張ったヒゲがユーモラスにも見えるけど全体で見ると、どこか近寄りがたいくらいぴしっとした人にも見える。
「お客さんを案内してるんだぜ。…マルティン、紹介しとくぜ。この人はリンゼイ・マーカスさんっつってな…姉貴の旦那の親父さんなんだ」
「よろしく。リンゼイです」
　ひょい、と手を差し出してくる。あ、握手だ、握手。
「マ、マルティン・シュトーレンです…こちらこそ…」
　と、名前を言った瞬間、リンゼイさんの顔色が少し、変わった…ような？
「ラン坊…まさか？」
「そのまさかさ。ゲルンタージュのシュトーレンの人らしいんだ」