TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-25]

　テーブルの上にはボクの分とラン君の分の皿が二枚乗っている。…リンゼイさんがラン君の分もようやくテーブルに乗っけてくれたわけなんだけど。
　その皿には肉の串焼きと柔らかく焼いたパンのようなものと野菜が付け合せで乗っていて、串焼きの肉をパンみたいなのに挟んで食べる。こういうお皿に全部乗っけてしまう料理をカラドリアでは「トレンボー」と呼んでいるんだって。この肉の串焼きは「シムシュ」と言って一般的な料理なんだそうだ。こうやって店でも出しているけど家庭でも普通に作ったりするらしい。
　そう、あのなんとも言えないいい香りはこの肉からしていたんだ。
　その肉は特製のタレに漬け込まれてあって驚くほど柔らかくて…美味い。噛むとにじみ出てくる肉の旨みとタレの旨みが何とも言えない。あのどこか涼しげな香辛料ももちろんタレには入っているんだろうし、その他に何種類も何種類も入ってるんだと思う。だから味に深みがあるんだ…いや、これは本当に美味い。
　ボクの説明に何度もうなずきながら、トレンボーのシムシュをぱくついていたラン君。リンゼイさんは他のお客さんが来たのでここにはいない。
「…そうかあ…そうだったんだなあ…」

「なんか話が繋がってきたような気がするぜ。だから姉貴が忙しくなってたんだな…なるほど…」
　と、そこでボクの顔を見て笑みを浮かべる。
「悪りい。またリンゼイさんに怒られちまうわな。…よし、こっちも話すぜ。オレには姉貴がいるんだ。リンゼイさんの息子のトマスさんが姉貴の旦那でね。だから、今姉貴はミナハではなくてマーカスを名乗ってるってわけだ。ミナハの中でもちょっと違う存在ではあるんだ」
　あ。その辺はうちで言えばヨハン兄とタミィ義姉みたいなもんなのかな。ヨハン兄は当然シュトーレン姓だしタミィ義姉ももちろんそうなんだけど住んでるところはファウヘン姓の人の家なんだし。
「その姉貴だって元々は経営？運営？とかそういうのに興味があったってわけでもねえんだが…」
　そこで一旦言葉を切る。軽く、とん、とん、と指でテーブルを叩く。
「いつの間にか店長格になっちまったんだ」
「店長、『格』って？」
「ミナハ薬店てのは一つだけじゃねえのさ。カラドリアには三つあってな、それぞれに店長がいるから都合三人いることになる。でも何かあった時に困るから副店長の下に『店長格』という役職を置いてんだ。運営会議ひらく時なんかは店長と店長格と副店長のうち二人が会議出て残りは店で業務やる、とかな。姉貴は『第三店長格』という役職になるんだけど…なんでだろな、いつの間にかそういう役職になっちまってた」
　…『第三店長格』って。なんだかすごい役職名だなあ。結構そういう細かいところまで決まってるんだな…って、なんだかどっかで聞いたような気がするんだけど、その役職名。
「これはトマスさんと結婚する前からそうだったんで、その頃はよかったが今はミナハの人間じゃないんだから辞めろ、なんてジジイもいるがね。そういう本店の空気のせいもあるのかな…ミナハの薬店をゲルンタージュに出そうって、ある人たちからそういう話が来て…姉貴が動くことになった、ってわけだ」

「その人たちってのが『青の旅団』って言ってな…」
「え」
「知ってるのか？」
「その、知ってる、って言うか…」
　ジェレミーさんの団体だ。ルートセイバーとも関係している…あの団体だ。
「色々あったんだけど…もしかして代表の人はカラドリアの貴族でジェレミー・ジェイスンって言わない？」
　てっきりそうだと思ったんだけど。でも、ラン君の口から出たのは思いがけない名前だった。
「いや。代表の人の名前までは知らねえけど…えーとな、担当はナスターシャって女の人だったぜ」
　え。でも…まさか。
「姉貴と妙にウマが合ってな。あの人がいなかったら姉貴も動こうとはしなかっただろうな」
　…まさか。そんなことあるはずがない。同じ名前の人だっているはずだし。
「その…ナスターシャさんの名字、知ってる？」
「ああ。ええと…」
　最後の肉をパンみたいなのに挟んでしまうラン君。ボクはもうトレンボーを平らげているからこれで二枚とも皿は空になってしまった。

「オークネフ。ナスターシャ・オークネフって名前だったぜ」