TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-28]

「悪かったってばよ、オレも言い過ぎたし…機嫌直せよ、な」
「いや…そんなんでもないけど？」
「そうか？　いや、それならいいんだけど」
「ね、ほんとに怒ってない？」
「そりゃあ、いきなりずぶ濡れにはなったけど…」
　と、言いかけるとやけに心配そうなマリアの顔。
　そもそも、だ。なんでボクが怒らなきゃいかんのかな…分からん。そりゃ濡れたことは濡れたけど。
「別に怒ってなんかないよ、うん」
「それならいいんだけど」
　…なんだかまだ何か変なこと考えてるような気がする。…なんなんだかなあ、こいつは。
　そうそう、ジャスミンさんはラン君のこともよく知っているんだ。…薬店だもんなあ、実家が。その関係で古くから知っているらしい。

　ボクらが泊まってる部屋に五人。ジャスミンさんに替えの服を用意してもらったボク、ラン君、マリア。そしてあちこちススだらけだった服を替えたアレンさん。そしてジャスミンさんもいる。お茶を持って来てくれたんだけど…宿屋の方はいいんだろうか？
「今はヒマな時間さね。もうちっと暗くなってきたら忙しくなるんさ」
　そういうもんなんだ…まあ、でも、うちと比べたら相当に繁盛してる方だよなあ…。
　この宿屋には二人部屋しかないんだって。もっと多人数で泊まれるようにしても結局は二人か一人での利用の方が多いから、らしい。本来は仕事で来た人が安く泊まる宿屋だからこれでも問題はないらしい。寝る場所を確保するためだけとか、そんなものらしいからね。観光目的なんかのお金持ちはもっといいホテルがあるからそっちへ行くんだよ、ってジャスミンさんは笑ってたけど。
　部屋には小さな丸いテーブルがあって椅子も二つある。そこへ腰掛けているのはボクとラン君。マリアはベッドのふちにちょこん、と座っていてアレンさんとジャスミンさんは壁に寄りかかるように立っている。一応、例の良い香りのするお茶は四人分（ジャスミンさんは自分の分のカップは持って来なかった）のカップにそれぞれ注いであるんだけど…口にしたのはボクだけ。
　予算の都合で二人部屋でも三人泊まることにしたんで、ここに五人も入るとやっぱり狭い。でもジェスミンさんの好意で一番広い部屋にしてもらった…いや、二人部屋しかないのに広いも何も、と思うかも知れない。実はここを建てる時に設計ミスがあって、ちょっとスペースが余っちゃったんだって。広さにして握りこぶし一個分くらい。で、それを端っこの部屋に含めていったからちょっとだけこの部屋と上の部屋だけは広いんだ、って言う…。
　なんだかいい加減な話ではあるんだけど。そういうのでもどうにかなっちゃうのがカラドリア、という町なのかも知れない。底が知れないと言うかなんと言うか。

　っと、そうだ。肝心なこと、忘れるところだった…。
「…そう言えばあの花はどうなったんですか？」
「アクシーバかい？」
　にっこりとアレンさん。
「ええ」
「大丈夫。ここにあるよ」
　と、懐から細く紙に包んだものを取り出して…丁寧にテーブルの上に置いてくれた。

　置いたアレンさんもそうだけど、身を乗り出すボクとラン君。そしてマリアはベッドを降りてそっとボクの肩に手を置いてのぞきこんでくる。…なんか…いや、いいか、別に。
　テーブルの上にあるのは四つに折られた小さな白い紙。その真ん中には…何だろう、細い針と言うか…たしかに銀色っぽく見えるしでも金属ってわけでもないし…銀の爪楊枝ってか細工物って言うか…。
「細かい毛が生えてんのよ」
　耳元でマリアの声がする。なるほど…。
「へえ…オレも現物見んの初めてっすよ…これがアクシーバの花かあ…」
「触んないでよ、価値下がるから」
「へ。オレを誰だと思ってんだ？　ミナハの人間はこういうのの扱いに慣れてんだ」
「…初めて見たくせに何言ってんだか。…ねえ、マルティン？」
　って、どう返答せいっちゅーんじゃ…また口ゲンカかよ…ったく二人は仲いいんだか悪いんだか…。

　適当にごにょごにょ返してたら、いつの間にかテーブルに両腕べったりついて見入っていたジャスミンさんが満足そうに息を吐く。
「さすがだね。がくのところもきちんと残ってる。採り方は申し分ないよ。こいつはそれなりの値になるねえ…」
　と、ゆっくりと身を起こしながら…
「ラン坊ならどうするさ？　いくらで買い取る？」
　あ。そっか…そういうこともやるんだ、薬店って。