TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-34]

「…どういうこと？」
「多分、だけどね。書いた本人はゲルンタージュにいて、でも日報はカラドリアにまで渡って来た…ということなんじゃないのかな」
　そうでないと書けないんだ、こんな記事は。
「え、でもねマルティン君。ミナハにはゲルンタージュ嫌いの人がそれなりにいて、それもかなり嫌ってるって有名なのよ？　シャーマニーさんはそうでもないし、ミナハ人全部がそうってわけじゃないけど…ゲルンタージュの『ゲ』の字出しただけで機嫌が悪くなるって、そんな人もいるって。その昔ゲルンタージュから追い出された、ってことになってるらしいのよ」
「…追い出したって…」
「もちろんそんな記録も何もないのよ。普通にカラドリアに移転したってことになってるし。ただ、今もゲルンタージュにミナハの関係者がいないっていうのも確かでしょ？　だから確認しようもないのだけれど」
　それは…うーん…。
「どうしたの？　ねえ、何か気になることでも載ってたの？」

　夜中でもカラドリアは馬車が通ってる。ひっきりなしってわけじゃないけど。荷馬車かな…がたごと、がたごと、って敷石に車輪が当たる音がまだ響いてる。結構騒々しい夜なんだ…。

「…ゲルンタージュ雑聞記…」
　ナスターシャはその存在を知らなかった。まあ、当たり前…と言えば当たり前かな。ボクだって姉さんの店にいなかったら知らなかっただろうし。一般に向けて売ってるものでもないしね。
「元々は商店街のみんなが聞いてきた噂話だとかそういうのを酒場で笑い話みたいに話してたんだって。それをヒマな人が書き記し始めて…それがそのうち結構な量になってきて…それこそ三十年くらい前に一冊の本になってね。それが『雑聞記』って呼ばれてる」
「相当昔のお話なんかも載ってるの？」
「そりゃあ…何せゲマ街道が賑やかだった頃の話なんかもあったし」
　…そう言えば何百年とかそういう昔の話まで載ってたんだよな、アレ。
「へえ…すごいのね」
「発刊にも編集にもたくさんの人たちが関係してたはずなんだ。単純にまとめるってだけでも相当な年月がかかってるはずだし、三十年くらい前になってようやく刊行にこぎつけた、ってとこだと思うよ」
「どうして分かるの？」
「だって、数百年とかそういう単位での話なんだよ？　資料の数だってハンパじゃないだろうし。あんなの整理するの一年とか二年とかじゃまず無理だし、一人でできるもんじゃないよ」
　うちの宿帳とか資料だってあんなにあったもんなあ…あ、そう言えばまだ見てないんだっけ、全部は。

「その中にミナハの人がいたんじゃないか、ってことね？」
「うん」
　編集員…いや、見出しを書けるってことは責任者っぽい役割だったのかも知れない。
「ほとんどよその人には知られていない『雑聞記』のことを知っていて、しかも『近いうちにそういうのが出る』なんて断言できるのは関係者くらいじゃないかな」
「ううん…でも…」
　一回天井を見上げて…また視線をテーブルの上に落とす。茶の入ったカップをくるりと一回転させる…。
「納得いかない？」
「…うん…悪いんだけど、ね。マルティン君は知らないと思うんだけど、ゲルンタージュ嫌いのミナハの人って本当にすごいのよ。なんでそんなに嫌いなの？　ゲルンタージュって悪魔の都か何かなの？　って、何度思ったか知れないわ。…特に古老の方々と会った時にはね」

「…だってね、最初にわたしがゲルンタージュ出身です、って自己紹介しただけでアウトだったのよ？　紹介してもらった人がたまたまゲルンタージュ嫌いだったのかも知れないけど、しばらくは話も聞いてくれないし、会うなんてもっての他。でもこっちはお仕事だからね。なんとか他のつてをいくつか頼ってシャーマニーさんに会えたのが幸運だったわ。それからだって順調だったわけじゃないんだけど…なんとかここまで来た、って感じかな」
　ふ、と笑みを浮かべてみせる。大変だったんだな…やっぱり。
「あ。それはこっちの話よね。ごめんなさい。…でもこの話そのものは信用してもいいんじゃない？」

「うーん…でもまだ確実な証拠ってわけじゃないんだよね…」
　必ずゲルンタージュの南の町外れに宝石がある、って話にはならないんだ…これだけじゃ。
「まあ、そういう話もあるってことになっちゃうのかしら…そりゃ、そうよね。だからオマケってことにしておいてくれると嬉しいな」