TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-37]

「…どうしたの？」
　どうにも怪訝そうな顔のナスターシャ。そろそろテーブルの片付けも終わりそうな事務員のお姉さん達二人も顔を見合わせたりしてる。

　よく思い出してみよう。あれは…ハイドシュタインで…初めてマリアと会った時で…宿屋にあいつが忍んで来て…
『…アタシの両親はね、アタシを連れてハイドシュタインに来たの。そういう他の町の学校に行かせる、って人も逆に多くてね。ハイドシュタインからバイパス通って東西大街道へ向かうの』
　とか何とか言ってたよな。
『…父さんと母さんもそうするつもりだったみたいなんだけど…アタシを高等学校に通うよう手続きしたとこで…』
　そこで言葉切って…泣いてたっけか。

　…あれ？　そう言えば別に両親が死んだ、なんて一言も言ってないな、あいつ…。

　ふと、気がつくと…ボクが黙ってしまったんで、三人ともじ…っとボクの顔をのぞきこんでいる。
「本当に…どうしたの？」
「いや、あの…」
　仕方ない。なんだか恥ずかしかったんだけど思い切って全部話してしまうことにした。その方がいいような気がしたので。

「…それは…なんかあり得ないですわね。ローガン家のご当主夫妻は今でもお元気でいらっしゃるんですし」
　レイミーさんは不思議なものでも見るような顔になってる。
「聞き違いとか、そういうのじゃないの？」
　ナスターシャも言葉を確かめるようにゆっくりと聞いてくる。
「それはないと思うんだけど」
　そりゃあ…言われてみれば…ねえ？　状況からして普通じゃなかったから、どっか聞き間違えたとかそういうのはありそうなんだけど…どうなんだろ。
「…何年か前なんですけど。ローガンのご当主夫妻がハイドシュタインに旅行に行ったこと、あるじゃないですか？　その時に噂があったんですけど…カラドリアだと勉強に専念できないからマリア様をハイドシュタインの高等学校に入学させる、とかそんな話があって」
「それは別に普通じゃなくて？」
　エイミーさんの話にレイミーさんもうなずいている。たしかにそういうケースもあるみたいなんだ。だってあいつ自身もそう言ってたんだし。カラドリアじゃ、他の町の学校行くのってそれほど変じゃないらしいし。
「そうじゃなくて本当はハイドシュタインから東西大街道通って別の町まで連れて行くつもりだったんじゃないか…ってそんな噂になってたのよ。でもさすがにマリア様が嫌がるからハイドシュタインで妥協して、マリア様を向こうの縁者の家に残してご当主夫妻は帰ってきた…とか何とか」
「都市伝説とかそういうレベルの噂ね」
「…当人に聞いてみた方が早そうですね」
　何気なく言ったんだけど。
「いや…もう無理なんじゃないですか？　結婚しちゃったらさすがにもう会えないでしょうに」

　あ。そうか…。そうなったらもう会えないんだ…。
　会えない？　マリアに？　もう？
　…まさか。
「普通はそういうもんだと思いますけど」
「時候のご挨拶、とかそれくらいなら…とは思いますけど？　でもそうでない場合は…」
「いきなり門前払い、ってことはないでしょう？　こっちは知り合いなんですし」
　そう考えてみよう。そうだ、話くらいならできるんじゃないだろうか。…別に立ち話程度だっていいんだ。うん。
「そりゃあ、まあ…」
「ボク、これからちょっとあいつに会いに行ってきます。まだ宿屋にいるんでしょうし」
　うん。その方がいいだろう。なんだかこんなモヤモヤした空気抱え込んだままってのはボクとしても…イヤだ。

　でも…。
「マルティン君。少し、落ち着いて？　ね？　多分だけど、マリアさんはもうローガンの本宅へ戻っているはずよ」
「…ボクは落ち着いてるよ」
「とてもそうは見えないの。お願い。落ち着いて…座って。エイミー、お茶のおかわりをお願い」
　あれ、ボク、いつの間に立ってるんだろ。毛布は…レイミーさんが片付けてる、って…なんであんなとこにあるんだろ…？　ボク、いつの間に…こんなに汗、かいてるんだろ…？　なんか暑いし。…頬も…かっかしてる？