TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-38]

　改めてエイミーさんの淹れてくれた茶を一杯。…ええと、さっきどばーって注いでもらった茶は…いつ飲んだんだっけ…あれ？　そんなことも思い出せない…。
「お願いだから」
　すがるようなナスターシャの目に、ボクはすとん、と腰を落とした。…たしかに、何だろ…この気持ち。無性に暴れまわりたいような真っ赤に熱い気持ちとそうでない…ものすごく落ち着いて静かに自分を眺め直してる冷静な気持ちがごっちゃになって…。
「レイミー、ジャスミンの宿屋まで行ってもらえないかしら？　わたしが一筆書くからアレン・ウィルソンというルートセラーの方に手紙を渡して欲しいの」
「分かりました」
　エイミーさんが再び淹れてくれた茶を口にふくんで…天井を見上げる。かなり年季の入った天井。別に汚れてたりするわけじゃないけど相当古い建物なんだ、ってことは分かる。そうだ、ゲルンタージュにもこういう建物ってあるよな…。
「エイミーには祭場の手配をお願いしたいのだけど…」
「分かりました…行ってきます」
　明るい声のエイミーさん。茶の入ったポットをボクの前に置いて…ぽん、と肩を軽く叩いてきた。え？
「それじゃ、所長のこと、よろしくお願いしますねー」
　視線を戻した顔の向こうでレイミーさんも軽く会釈していた。
「大丈夫ですよ。こういうのはなんとかなるって思ってたらなんとかなるものなんですから…」

　…ええと。
　ボクは…どうしたらいいんだろうか。
「それで…マルティン君はどうするの？」
「え。そりゃあ…」
　噛み締めるように茶を飲む。…大分、落ち着いて…きたのかな、どうなのかな。ボクはやや首を傾けるような格好にはなっている。ナスターシャが向かっているのは事務用の机で、長椅子とは少し離れた位置にあるから。
「式には出るの？」
「そりゃあ…招待してもらったら、かなあ…」
　そう言えば招待状を送る、とかなんとか言ってたっけ、ジェレミーさん。
「素直じゃないのね。…昔も今も」
「…そうかな？」
「ええ。見てると憎らしくなってくるくらい。いいかげんはっきりしてよ。…でないと…」

「ナスター…シャ？　なんて言ったの？」
　最後の方がよく聞き取れなかったのだけれど。ボクは少し首を傾けたまま、だ。でもナスターシャの顔は今は見えない。ボクの方を見ていないからだ。代わりに朝のまぶしい陽射しがその横顔をそっと照らしている。
「…ナスターシャ？」
「なんでもないの。ごめんなさいね。…アレンさんから折り返し連絡があるはずなの。迎えに来てくださるかも知れないしね」
「え。さっきの手紙はそんな内容なの？」
「そう。『迷子のマルティン君を保護しています。保護者の方はご一報ください』ってね」
「ひどいなあ…」
「ふふ…だって迷子じゃない。マルティン君」
「まあ、そうだけど、たしかに」
　茶をもう一口。ナスターシャは明るい笑顔を作っている、ように見える。

　ふー…そうか…決めないといけないってことか…。

　それから話は少し違う方へ進んだんだ。エイミーさんが手配することになってる祭場のこと、とか。
　貴族なんだからジェレミーさんのとこやマリアのとこでそういう儀式とかやるんじゃないのか、って？　それがジェイスンもローガンも実は実家はそれほど広くはないらしい。普通の一軒家と変わらない、とジェイスン家に行ったこともあるナスターシャは言っていた。他のカラドリア貴族てのも大体そんなものらしい。
　まあ、その辺はゲルンタージュも似たようなものだけどね。
　でも違うのはゲルンタージュではほとんど普通の人と変わらない生活になってる貴族の方たちが、こっちではまだ他の人に意識されてるってことかな。ローガンのご当主夫妻がハイドシュタイン行った、なんて話をエイミーさんが知ってたけど、まだまだそういう風に注目される生活になってるんだそうだ。
「どっちがいい、ってものでもないとは思うけどね」
　両方を知ってるらしいナスターシャはそう言って軽く笑ってたけど。