TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-39]

　それから…そんなに時間は経ってないのだろうか。ボクがちょうど茶を飲み終わったくらいかな。事務所のドアがゆっくりと開いて、レイミーさんが顔を出して、それに続いてほっとした顔のアレンさんと半分呆れ顔のラン君が姿を見せたのは。
　…正直…どういう顔をしたらいいのか分からなかったのだけど…アレンさんが
「おやおや？　本当に迷子になってたんだねえ」
　といつもと変わらない調子で手を差し出してきたので、それを握り返したら…あったかい手の温度を感じたら、なんか、そういうのはどうでも良くなってきて
「ごめんなさい」
　と自然に頭を下げてた。アレンさんは、ぽんぽん、と肩をたたいてくれただけで、それ以上は何も言わなかった。

　一方で…まあ、ちょっと反応違うのが彼なわけで。
「…しっかし。お前もホント楽しい奴だよなあ…マルティン」
　わざとじゃないか、ってなくらい、どすん、と大きな音を立ててボクの隣に腰を落として。しかもえらい勢いでばしばし肩を叩いてきたのは、他でもないラン君。
「ま。こっちもあれから色々あったんだが…ん？」
　それまで笑顔だったのが…ふ、と真顔になったような？
「あれ…どっかでお会いしたっすかね…？」
「お姉さんとお会いした時に挨拶してますよ、ランカスターさん」
　その視線の先には腰掛けたまま微笑むナスターシャ。アレンさんと何か話していたようだったけど。
「あ。姉貴の…じゃあ…あれ？」
　また指をボクとナスターシャの間で何度か行ったり来たり。と…ぐい、とボクの首に腕を絡ませて体ごと引き寄せてくる。…なんか、ちょっと、首が…少し…ぐえ。
「昨日の晩からだぜえ？　何やってたんだ、お前は？」
「いや、別に…前々から、知り合い…だったんだってば」
　…って、なんでそんなニヤニヤしたような、ヘンな笑顔なのかなあ…なんか誤解してない？
「へっへ～？　すみに置けねえってか？　ったくよお…」
　そこで放してくれたんだけど…タミィ義姉か…君は。

　それでもアレンさんとラン君がその後説明してくれたところによると、宿屋の方でも一悶着あったらしい。…そりゃそうだろうな、あいつの性格からして何もなくそういうことになる、ってのはなんだかあり得そうもないしね。
　まず来たのはジェレミーさんの家の執事のジムさんだったそうだ。カラドリアでは有名な家の執事さんだからラン君はもちろん知っていたんだけど、ジャスミンさんは十分に顔や目的を知っていたらしくあいつに地下へ行くように指示した、らしいんだけど…。
「先回り、ってやつな。あっちにはキンバリーが待ってやがった」
　キンバリーさん、というのはマリアの家であるローガンの家の執事さんなんだって。ジムさんとは体格から声から髪型までよく似ていて兄弟か、と思えるくらいらしいんだけど…ラン君はどうもあんまり二人が好きではないらしくて、話題に出てくる度に口が「へ」の字になってしまう。
「ヤローはこっちの手の内を知り尽くしてやがったからなあ…ありゃあ、無理だろ」
「貴族の家の執事、と言えば大抵堅物が揃ってるものだけれどね。あれは…うん、その中でも特筆すべき部類に入るね。執事学会とかそういうのがあったら報告したいくらいだね。大変な喝采を受けること間違いないね」
　…って、アレンさんも苦い表情。よっぽどお堅くてとんでもないいヒトたちだったんだろうなあ…。
「ジャスミンさんは以前からマリア君のことで彼らとはもめてたみたいだったからね。それでもあれほどとはね…気持ちが分かるってものだね」
「話し合いとかそういうのは全部無駄だと思った方がいいぜ。何せ人の言うことなんざ聞くつもりすらねえんだからな、あいつらは」

　ふう、とため息ついてしまった二人。そこへレイミーさんが書類のようなものを持ってくる。
「所長、エイミーはまだ戻って来てないんですの？」
「もうじき戻ってくるはずよ」
「…やはり、あそこですか？」
「そうね。…あそこしかないわね。こういう大舞台となると、ね」
　…なんだか意味ありげな会話なんだけど…なんだろ…。
「お二人もここにいらっしゃるのはちょうどいいわ。実はね、わたし達は社長から祭場の手配を任されているの。で…一口、乗ってみない？」

「乗るって…何を？」
「まあ、結局はマルティン君次第になるんだけど。どうする…？」
　って、ボク次第って…なぜにみんな、ボクを見る…？