TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[3-41]

　正直、あいつがそんなことするわけがない、と言うか…なんか、今でもどっか結びつかないのはたしかなんだ。ボクらくらいの年で結婚、てのは…ねえ？　まだ早いと言うか。そりゃ、貴族とかそんなんだと当たり前のことなのかも知れないのだけれど。
　でもそう言えばあいつ、ゲルンタージュのボクの部屋で何か言いかけてたよなあ…ハイドシュタインの宿屋でもアレンさんが結婚してるって話の時にやけに動揺してたし。もしかしたらいずれは結婚しないといけない、ってことを言いたかったのかな…？
　ボクに…？　ボクに伝えたかったのかな…？　そんな大事なことを…？
「そりゃあ…たしかに疑問ですけど」
「おし。決まりだ。大聖堂に行くぞ、マルティン」
　ぐい、とボクの腕を引っ張って…。
「いや。まだ早いよランカスター君。…こういうことはね、じっくり策を練らないといけないんだ。それに今大聖堂に行っても、重要そうな人は誰もいないんじゃないのかな？　マリア君は実家だろうしあのキザな彼も自分の家だろうし。そうなると会える機会はとことん少なそうだね」
「は、はあ…」
「明日の式までチャンスを待つんだ。…焦ることはないよ。必ずチャンスは来るからね」
　あの…何のチャンスなんですか、アレンさん…。

　それからアレンさんはナスターシャやレイミーさん、やはり戻ってきたエイミーさん達と何やらひそひそと話し始めてしまったんだ。何を話しているか、気にはなるけどなんだか尋ねるわけにもいかないような…。
「ふう」
「どうした、マルティン」
　さっきからやけに腕を振り回してたりあちこちうろつきまわってたり、となんだか落ち着きのないラン君だったんだけど。
　大体、この事務所はそれほど広くはないんだ。ボクがさっきから座ってるのはこの長椅子なんだけど、動けないナスターシャが事務所の机に向かっててその反対側にはエイミーさんとレイミーさんが腰を曲げて机に覆いかぶさってる。アレンさんは椅子には座ってないけどナスターシャの机ぎりぎりに立っててそこは長椅子とのすきまみたいな場所なんだし。それでもうここはいっぱいいっぱいなんだ。…そもそもはナスターシャたち三人と応接セットが一組入るのがやっと、って程度の広さなんだ。
　だからラン君もうろつく、と言ってもまるで同じ場所をくるくる回ってるだけ…と言うほどひどくはないかな。でもほとんどそれに近い状態ではあったんだけど…。
「どうしたんだよ」
「いや…いいのかなあ、と思って。だって、あいつが結婚するったって、それがあいつの本当にやりたいことだったらそれを邪魔しちゃうことになるし…」
「それを確かめに行くんだろ？　お前は？」

　それは、そうなんだ。うん。
「うん。でも…それにみんなを巻き込んじゃうってのは…なんだか」
「なんだ、そんなことかよ。…お前が気にすることじゃねえよ」
　やはり、どすん、と思い切りボクのとなりに腰かけてくる。
「少なくともオレは面白そうだからやってるんだ。貴族ってもなあ、みんながみんな何も考えねえで大好きだ、とかそんなんじゃねえんだぜ？　大きな行事なんかだと必ず顔を出すんだが、そん時は町中の道路に規制かけたりするんだ。こっちが進めなくてイライラしてる時にゆったり馬車なんかで通ったりしやがるんだぜ…たまらん時もあるわな。正直、別にいてもいなくても影響ねえんじゃねえの？　とか思う時もあるさ」
　まあ…ラン君の性格からすると貴族とかそういう固苦しいのは好きそうじゃないよなあ。
「貴族全部が悪い、って考えるやつもいるくらいでな。オレっちは違うぜ？　そこまでじゃねえ。…ただ、勝手に話進めようとする奴らは好きじゃねえってことさ。マリアの野郎が本気でジェイスンのぼんぼんと結婚したいってんなら、それはそれでいいさ。でも…」
　ぐい、と首に腕をかけてくる。…痛いってば。
「もし違ってたら全力で奪い返すんだぜ？　それがお前さんの責任ってもんだろ？」

「…責任？」
　やっと首を離してくれたんだけど…へ？
「薬協支部だよ。結婚しちまったらンなことやってられねーだろ？　お前はさっきオレたちを巻き込んでいいのかな、って言ったけど…薬協支部設立に関しちゃすでにアレンさんとマリアの野郎をここまで巻き込んでるんだぜ？　それにもう一人ルートセラーがいるんだろ？　ゲルンタージュか？」
「ああ。姉さんみたいな人がいて…」
「その人も十分に巻き込んじまってるんだよ。もう後戻りはできねえとこまで来てるんだろ？　だったら全力であいつを取り戻して設立しねえといけねえだろ？」
　首を何度か回している。片手であごを軽くひねるような仕草。横に座っているけど…ボクの顔は見ていない。でもどんな目をしているのか、ボクには分かる。
「お前がさ、なんで薬協支部設立しようと思ったのか…なんてことは知らねえ。だけど、そりゃあとっても面白そうなことなんだよ。一度巻き込んでおいて中途半端にさようなら、ってなあ…さすがに無責任てもんじゃねえか？　なあ？」
　顔は笑ってるんだけど、目は真剣。…本当に面白そうなことを見つけたヒトの目。

　多分、ボクもそんな目になっていたんだと思う。だから…ラン君は笑って何度も何度もばしばし肩をたたいてきた。何かあったのかな、って顔のアレンさんにナスターシャ。エイミーさんとレイミーさんは少々引いてたけどね。…痛かったけど、なんか、楽しいお祭りが始まりそうな、そんな気分になってきてたんだ。