TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-4]

「当時はもう、ミナハはもちろん撤退した後だったのですが」
　実は回覧日報てのは当番制になっていて、アレキサンダーさんのように採集専門の人でも誰でもミナハの人間なら必ず書かないといけないんだそうだ。ただし、カラドリアを離れてどこか遠い場所にいる時は誰かと交代してもいい、という暗黙の了解があるらしい。そうでないと書いたものを届けるのに時間がかかってしまうからね。
　だから普通は採集専門の人たちは遠出と当番が重なると回覧日報係を近しい人と交代してもらう。でも持ち回りで皆でやってることだし、カラドリアにいる時は順番が回ってくれば普通に書いてたわけだし。…で、アレキサンダーさんは「ついうっかり」交代することを忘れてしまって…ゲルンタージュに着いてしまったんだそうだ。
「そこがまあ…彼らしいと言えば彼らしいところではあるのですがね」

　その頃リンゼイさんは雑聞記の編集の真っ最中だったんだそうだ。当時の編集の責任者はロバートさんのお父さんのスミスさん。だから二代目の編集責任者がロバートさんになったのか…「２」を出すつもりがあるのかどうかは分からないけれど。
「あの頃は気の合った仲間と雑聞記を編纂していたのですが…」
　にこ、とボクに笑いかけてくる…え？
「集まる場所はいつも決まっていたのです。宿屋『大路地亭』だったのですよ」
　うち…？　うちで編集やってたの…？

　まあ、考えてみれば当たり前…になるのかどうか。ゲルンタージュで他に何人かが集まれる場所、って言うと…それこそ議会とか貴族の方々とかならそれなりにありそうなんだけど。でもほら…雑聞記てのは元々は発行するつもりもない、ただのネタ帳みたいなもんだったから…あんまりおおっぴらには集まれなかった、とかそういうことになるのかな。それに酒場って言うとうちくらいになるし。
「それはやはり広さとかそういうのもあったのですか？」
　アレンさんも同じように気になったらしい。
「もちろんそれもありましたが…やはり馴染みの場所の方が何かとやりやすかったのですよ」
「でも、父さんはそんなこと何も言ってなかったような…」
「ああ。それはそうでしょう。ヤーコブは最初の頃は編集作業にも携わっていたのですが」
　ヤーコブ、というのは父さんの名前だ。
「ハインツ君が生まれた頃から何かと忙しくなりましてね。場所だけを提供という形になっておったのですよ。彼はあの頃はテレーザさんと一緒にゲルンタージュ中を駆け回っておりましたが…お母様はお元気ですかな？」
　テレーザって母さんの名前なんだけど…ええと…うちの母さんは…。
「…ボクが生まれた時に死んでしまったんです、体が弱っていたらしいのですが」

「それは…大変に申し訳ないことを聞いてしまいました…どうかお許しください」
　わざわざ立ち上がって深々と頭を下げて…いや、あの、その、周りの人も見てますし…。
「えと、座ってください。…母さんに関しては記憶も何もないんで、特にどう、というもんでもないですし」
　だってうちには肖像画が一枚あるっきりだもんなあ。それもてのひらほどもない程度でよく見えないもんだし…あんまり意識もしてないんだ。ハインツ兄が結婚したのはボクが１０才になるくらいとかそれくらいだったかな。だからヘルガ義姉さんには色々世話してもらってたんだ。それにタミィ義姉も昔っからちょくちょくうちに来ていたし…
「いや、だから…ホント気にしないで、座ってください」

　ようやく腰を下ろしてくれたリンゼイさん。…ふう。
「さ、どうぞお話の続きを…」
「…すみませんでした。そうですね、では続けさせて頂きましょう。…その頃ゲルンタージュ入りしていたアレキサンダーと知り合ったのも大路地亭だったのです。たまたまだったのですが…はて、あれは…」
「姉貴のことだったって聞いてるぜ、リンゼイさん。ちょうどトマスさんが生まれた頃なんだろ？　同じくらいの子供がいるからってことで意気投合したって」
「おお…そうです、そうです。年は取りたくないものですな、どうにも記憶が曖昧になってしまって困ります。…大路地亭の酒場でヤーコブの紹介で引き合わされたのですよ。他にも数人の知り合いも一緒でして…その席で回覧日報の話も出たのです。もちろんこれからすぐに書いて送り出さないといけない、ということもです。そういうことなら我々でお手伝いできないだろうか？　とこういう話になったのです」
　なんか…意外と言えば意外な気がするなあ…うちの酒場って普段は町の人しか来ないんだけど。でもこうやって他の町の人も来るってこともあり得るんだ…。まあ、ヘルガ義姉さんだってそもそもはゲルンタージュの人じゃないし。そういう『出会い』ってのはどこにあるか分からないもんなんだなあ…。
「本当ならそんなこと、外部の人に頼むことじゃねえけどな」
　苦笑いしながらラン君。
「その辺、親父はまあ…なんだ、アバウトっつーかよ。大体『ついうっかり』で回覧日報係を持ち越しちまったくらいだからな。だからジジイ共には受けがあんまり良くねえのさ」