TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-5]

「たしかに意外ではありますね…そこまで一気に仲が良くなった、ということになりますかね？」
　と、アレンさん。それを聞くとリンゼイさんも苦笑いを浮かべて頭を軽くかいたりしてみせる。
「そうですね…それが一番近いでしょうか。彼とゲルンタージュで過ごした期間というのは、実はほんのひと月ほどのことなのです。でもその数日は本当に充実したものでした。私は彼の持つ知識に驚嘆し、彼は私の料理を美味しいと言ってくれる。そしてヤーコブ達と共に非常に楽しく過ごす。あのかえがえのない時間というのはもう二度と味わうこともないでしょうなあ…」
　ふ、と空を見上げて遠い目。ボクも同じように晴れた空を見上げてみた。
　…白い雲がなんとも頼りなげにいくつか浮かんでいるだけで…青く、青く空気もろとも突き抜けて行っているような空。そのままずっと見ていると、ふう…っと吸い込まれて行きそうで。周りの雑踏からがやがやぼそぼそ聞こえてくる人たちの声も聞こえなくなってしまいそうで。
　…そうか…空の色って…どこでも同じなんだな…。
　考えてみれば当たり前だよね。ゲルンタージュでもカラドリアでも。ハイドシュタインでも。多分マーシャンダイツでも。こうやって晴れた日に見上げてみたら、やっぱり同じ空の色が広がっているんだ。

　それからリンゼイさんはその後のことも話してくれた。アレクサンダーさんがカラドリアに戻って、それから…奥さんが亡くなって息子のトマスさんを連れてカラドリアに戻る決意をしたこと。
「ヤーコブが盛大なお別れ会をしてくれました。…でも料理を作るのがセルゲイさんだけでは大変そうだったので、私も手伝ったのですよ。…これでは一体誰のお別れ会なのか、分からなくなってしまいましたが」
　カラドリアに戻ってからは何となく便りも出しにくくなってしまって…ゲルンタージュのことはほとんど知らなくなっちゃったんだそうだ。何しろヨハン兄が生まれたことも知らなかったくらいなんだ。
「…でも親父とは変わらずに仲が良くってな。まあ、親父はなかなかカラドリアにはいないんだけどよ。それもガキの頃から店にはよく連れて行かれたもんさ。姉貴とトマスさんなんか結婚しちまうくらいだからな」
　てことは…ハインツ兄とシャーマニーさんとトマスさんて…ほとんど一緒の年齢ってことになるのか…。

　と、そこで人だかりの一部から、わあ、とも、きゃあ、ともつかない声が上がる。人だかりに流れが出来たような、そんな気がする。みんながそっちの方へと移動し始めたんだ。

「そろそろのようですな」
　立ち上がって、ぴん、と背筋を伸ばして帽子をかぶり直すリンゼイさん。
「そうだな。…行こうぜ、マルティン」
「始まるようだね」
　ボクもあわてて立ち上がってそっちを見てみると…大きな扉が二枚、人だかりの中からそびえ立っているのがここからでも分かる。すごく大きいなあ…あれ。ボクの背丈なんか軽く越えちゃってて、一番背の高いヨハン兄が手を伸ばしても上に届かないくらい大きくて、そして…とても精巧な彫刻がしてある扉。彫られてあるのは多分鳥なんだろうけど、よく分からない。それを二人の…なんだろ、そろいの白い帽子をかぶって、やっぱりそろいの薄青いゆったりした服着た人たちがゆっくりと開けているんだ…。
「大聖堂って言うくらいだからね。彼らは聖職者になるのかな？」
「そうっすね。…カミサマに仕えるなんちゃらって…痛っ」
「ラン坊。そういう言い方をしてはいけない。あの方たちは修行僧という身分にはなるが、神に仕える尊いお役目があるのだよ」
「ゲマ街道沿いにはあんまり宗教的な縛りというのはないけどね」
　アレンさんはもうほとんど開きかかっている扉を指す。
「見てごらん。あの扉に彫られてあるのは鳥は鳥でも『霊鳥』と呼ばれるものでね…片方が杖を握っているのが分かるかな？」
　言われてみれば…二羽？のうち一羽が翼広げてて、翼閉じてる方が…あ、足で杖、持ってる。
「あの杖で万病を癒す、とされているんだ。閉じた翼は『中』を表すとも言うね。カラドリアの『中』を万病から癒す、守っている…とされているんだ」
「じゃあ、もう片方の翼を広げて…ええと…」
　何か持ってるのは分かるんだけど…何だろ？　あれ？
「もう片方の『霊鳥』が広げている翼は『外』を意味するのですよ。盾を持ち、外敵からカラドリアをやはり守ってくださっているのです」
　リンゼイさんが胸に手を当てながら神妙な面持ちで教えてくれた。あれが盾なのか…なるほど…。

　こういうのってゲルンタージュにないもんなあ。彫刻やら置物やらの数なら負けないんだけど、こういう歴史的とか宗教的なものもそれほどないし。
「え？　あれってそういう鳥だったんか？　…いや、オレ、てっきりどっかのオッサンが仮装パーティでもしてるのかと、ずっと思ってた…」

　…それからしばらくラン君は頭を押さえてうずくまっていた。なぜって？　そりゃあ…リンゼイさんが本気で頭をはたいたから、さ。