TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-9]

　は。何ですと？

「ジャスミンさんにも同じように伝えておきました。ええと」
　手元のメモをぺらぺらとめくるレイミーさん。
「『カラドリアの話題を独占？　貴族の慣習を打破した花嫁強奪事件』が起きますよ、と」
「あの、リンゼイさん？」
　ふと、見ると…くくく、と笑いを漏らしてるんだな、これが…。
「いや、失敬しました。久しぶりに見出しのようなものを書いてみました。なかなか昔のようにはいかないものですが」
「ここまでお膳立てしてもらったんだ、イヤはねえよな？」
「ここから先は君が決めるんだね。そうしないと後悔するよ、多分」
　あー…その…ボクは…。
「さあ、参りましょう。マリア様はすでにお待ちですのよ」

　ぐいぐいと背中を押される形…実際にレイミーさんに押されてはいるんだけど、心情と言うか内心と言うか。そういう精神的なとこまで後押しされてしまってるような、妙な感覚になってきたんだ。ボクの意思がどう、と言うのではなくて…何だろ、周りのみんなの意思でボクが動き始めてるような。
　動き始める…そうだ、動き始めてるんだ、もう。
　やや暗い大聖堂の中。少し離れてしまうと人の顔の細かい表情だとか、そういうのはもう分からなくなってしまう。だから何人もの人たちがぼそぼそしゃべってはいるんだけど、実は誰もいないんじゃないのか…とかそんな錯覚までおぼえてしまいそうになる。なんかヘン、だよね…？　だって後ろにはさっきからずっとボクの背中を押しているレイミーさんがいて、その小さな手から伝わる体温を感じることができるし、そのもっと奥…さっきまでいた一画辺りからはどっと湧き上がる笑い声が聞こえたりもする。あれは…ラン君かな。シャーマニーさんらしい笑い声も聞こえてくる。

　みんないるんだ、どこかに。でもその姿がはっきり見えない。そのもどかしさ。

　ゲルンタージュにいた頃…意識はしてなかったと思うけど、時々ふ…と、感じてたはずの感覚だ。同級生はジョン以外みんなハイドシュタインや他へ行っちゃった。町には空き家が多い。夜に出歩く人なんかいない。カラドリアの、活気あふれる都会の町を見てるとどうしても痛感してしまう、この感覚。…不安なんだろうか、それとも一種のあきらめだったんだろうか。
　どうしてもゲルンタージュと比べてしまっていたんだと思う。本当は比べるもんなんかじゃない…てのは分かってる。ゲルンタージュはゲルンタージュだし、カラドリアはカラドリアなんだ。でも…どうしても不安を感じてしまう。なんでゲルンタージュはあんなにさびれてしまったんだろう、例えばゲマ街道沿いにある商店街だったら店もそれなりに揃ってるし人もいる。今よりもっと人が集まるはずなんじゃないのか、なんか、そういう手があるんじゃないのか…。
　決してカラドリアがうらやましくなってるわけじゃないんだ。でも…何だろう、悔しいってのも当たってるのかも知れない。

「…もう大丈夫ですよ。自分で歩きますから」
　レイミーさんが、ちょっと不思議そうな笑みを浮かべてからボクの前に回ってくる。でもすぐに真顔になってしまう
「ではこちらのドアから中に入ります…あんまり気づかれないように願います。本当は内緒なんです、特にジェイスンの家には」
　大聖堂の…正面には大きな祭壇があって…よく分からないけど大きな、台があってその上にはやっぱり『霊鳥』の像が置いてあって輝くようにキレイな金色に塗られてる。立派な像だとは思うんだけど…これがご本尊てことになるのかな。その前には少し高めの壇がある。あそこで結婚の儀を進めるんだろうか。…いや、人一人くらいしか登れないから誰か偉い人がそこへ立つんだろうか。
　その壇や像を左手に見ながら小さなドアをレイミーさんが開けてくれる。中は…廊下になっててランプの灯りがともってる。それほど暗くはない。いくつもいくつもドアが並んでいて、しん…と静まり返ってる。
「ここはどんな場所なんですか？」
　そっとレイミーさんに聞いてみる…。
「司祭様や祭主様の控え室になったりしますの。普段は使わないお部屋ばかりなんですけど…立会い役の方もこちらにいらっしゃるんですよ」
「立会い役って何ですか？」
「貴族の方々が婚姻の儀を開催なさる時には、必ずお一人、別の家の方が立会いをなさるんです。今回はハリー・レキシントン様が立会い役として参加されています」

　と、その中の一つ。ドアに一枚、何かメモみたいな紙が貼ってある部屋の前で立ち止まる。なになに…「控え室」…「花嫁控え室」って…。
　どきん、と心臓が跳ね上がる。ここにいるのか…？　あいつが…？
「では…」
　コンコン。ノックすると中からあいつの声で「どーぞー」って聞こえた。ちょっと低いけどいつもの声だ。…少し、安心する。
「失礼します」
　レイミーさんが静かに開けて、ボクも入る。

「おや？　レイミーかね？　これはこれは…珍客ではないか。どうしたのだね？　今時分」
　あの…いいのかな、なんかいきなり鉢合わせしちゃってるんですけど…。