TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-12]

「ただ、はっきりさせておきたいことがあってね。それをこの場ではっきりさせよう、と言いたいのだよ」
「な…なんでしょう？」
「簡単なことだよ。…マルティン・シュトーレン君。君はなぜ、ゲルンタージュに薬協支部を作ろうと思い立ったのかね？」
　理由…ボクが薬協支部を作る理由…。
「非常に重要な案件だよ。場合によっては我々が君に協力するという選択肢だってまだまだ健在なのだよ？　私だって夫婦の間で対立するなど好ましくはないのだからね。ここで私を説得することができれば『青の旅団』の優秀な力を君も行使することができるようになる、というわけだ」
　そんなの別にいらないと思うんだけどなあ…。
「どうかね？　今ならあのルートセラー君もいない。君の率直な考えを聞きたいものだね」
　やはり優雅と言うんだろうか…組んでいた足を一回解いて、もう一度足を組み直す。

　正直に言ってしまおうか。いいチャンスかも知れない…。
　そう思う始めてる自分に、ボクは、ちょっとびっくりしていた。ジェレミーさんは見た目も紳士だし、立ち居振る舞いも洗練されてる。何よりカラドリアの貴族、という地位だってある。ただの宿屋の息子であるボクなんかとは比べようもない。…いや、比べること自体が間違ってるような気がする。
　でも…正直なとこ、ボクはこの人が嫌いだ。
　ゲルンタージュを平気で『過去の町』と言ったり、アレンさんが憎んでるルートセイバーに関係していたり。まあ、マリアのこともないとは言えないんだけど。そういうところももちろん気に食わないんだけど…なんだか本当の自分を出していないような気がするんだ。誰かの言葉を借りて口に出しているだけ。そんな気がしてならないんだ。本当のジェレミーさんはどこにいるんだろう？
　そんなことを考えてしまっていたんだ…。

「どうかしたのかね？」
「いえ…」
　でもなあ、面と向かって『ボクはあなたが嫌いです』なんてのも、ねえ…。
「必ず理由はあると思うのだがね。人間が行動する時には何か理念があって然るべきものなのだよ。理念の発端もなしに行動できる人間はいない」
　すうっと立ち上がって…かすかに下を向いて…コツコツと靴音をさせて部屋の中を歩く。まるでなんでもない様子。うーん…悔しいんだけどね…やっぱり育ちの良さ、ってのかなあ…ボクがそんなことやってもただぱたぱた歩き回ってるだけ、とかそんなもんになっちまうんだろうなあ。
「その発端は人によってそれぞれだね。好悪、理想、後悔、そして欲望。無数に存在する。さあ、君はなぜ薬協支部を作りたいのかね？　情報が欲しいのかね？　それともお金かね？　あるいは地位かね？　それとも実家の宿屋に貢献したいのかね？」
　って言われてもなあ…。

　うーん…。

「特にどう、というのはないのですけれど」
　やっぱりそれが正直なとこなんだ、うん。
「いや、それはあり得ない。あり得ないのだよ…」
　そう言われてもないもんはない、と言うかボクもよく分かっていないと言うか。なんで君は薬協支部なんて作ろうと思い立ったのかね、とボク自身に聞いてみたいくらい。
「そうですね…ゲルンタージュが好きだから、というのはダメですか？」
「ふむ。あくまではぐらかすつもりかね？　それならこちらも本音を出そうか」
　やはり優美な仕草で椅子に戻って足を組む。ええと？
「私は君の地元でのコネが欲しいのだよ、シュトーレン君。我々の方は建設用地の買収交渉も順調に進んではいる。もうこれは時間の問題だろうね。しかし…なんと言うのかね、活気が足りないのだよ。カラドリアならばもっと活発に議論なり要求なりが現地スタッフからも上がってくる。が、そういうものも見られない。これでは実際に運営する段になれば、何らかの障害が出てしまうことも懸念されるだろう…」
　…そう…なのかな？
「だから君にはぜひゲルンタージュでのまとめ役をやってもらいたいのだよ。もちろん薬協支部設立は十分にバックアップする。ゆくゆくは君をゲルンタージュ薬協支部長として歓迎もしよう。スタッフはナスターシャを筆頭に優秀な人材が揃っているから問題はない。現地に強い君が先頭に立ってくれればこれほど心強いことはないのだよ」
　と、目を細めてなんだか笑っている…ような表情になる。