TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-14]

　…なんでそこまで言われなきゃならんのだ？

「今日中にでも行ってみます」
　言うだけは言っておくけど…なんだかなあ。
「うむ。そうだ、それがいい。レイミー、その時はきちんと案内してあげたまえ。『青の旅団』の素晴らしさを理解してもらうためにも、な」
「はい、社長」
　やはりこれまでずっと黙っていたレイミーさんが嬉しそうに返事をする。ボクのすぐ後ろに立っているので、ちらりと振り返って見ると…にっこりとした笑みを返してくれる。なんだか少し気分が落ち着いて、くる。
　…しかしこの部屋、六人もいるってのに今しゃべってるのはボクとジェレミーさんの二人だけなんだよな。はたから見たら実は結構変な光景なんじゃないんだろうか。
「さて、話を戻そうか。これでカラドリアのジェイスンたる私がゲルンタージュに薬協支部を立ち上げたい理由は理解できたと思う。今度は君の番だ。なぜ、君は薬協支部を立ち上げたいと思ったのかね？」
　結局そこに来るんだよなー…。

「特に理由とかは…ないんですよ。ただ…」
「ただ、なんだね？」
「ボクはゲルンタージュがとっても大好きなんですよ。でもそこに薬協支部はない。…じゃあ、ボクが作ってみようかな、と。古くからのルートセラーの知り合いもいますし」
「で？」
「で、と言われても…まあ、そんなとこです」
　と…両膝に両肘を預けてそこへあごも預けてしまうような、やや身を乗り出す格好になるジェレミーさん。そんな格好でも右足の先だけが神経質そうにぱたぱたと動いている。
「私が聞きたいのはそんな答えではないのだよ、シュトーレン君。君の理念なのだよ。君の理想とする『何か』があって、それを目指すために薬協支部が必要不可欠なのではないのかね？　そうなのだろう？」
　また熱弁。段々うっとうしくなってきた…そんなほいほい理想のナニカとか出てくるわけないっつーに。
「うーん…そういうのは特にないんですってば、ホントに」
「そうなのかね？　本当にそうなのかね？」
「はい」
　くどいなあ、ホント。何がしたいんだろ？
「…そうか。分かった。もういい。戻りたまえ」
　そうさせてもらおう。…ここにいても仕方なさそうだし。軽く一礼して椅子から立ち上がる。

「やっぱりゲルンタージュ人はダメだな。何がとっても大好きだから、だ。好きなだけで物事が進むものか。…甘っちょろいこと言うもんじゃないよ、まったく。何も知らない民草のくせに」

　…何か、弾けたような気がする。ボクの中で、何か。

　さすがに拳はヤバい、くらいの分別は残っていたようだった。足を組んで視線を反らしているその顔の頬めがけて一発。アタマの中、真っ白だった。
　ぱん。
　ジェレミー…さんは虚を突かれた形でそむけた顔ごと、ゆらりと、揺らめく。ジムさんが腰を浮かせる。でも、殴ったのはボクじゃない。目の前に、何か、ひらひらしたものが。
「甘ったれてんのはどっちよ、まったく…」
　はあはあ、と大きく息をしながらマリアがボクの前に仁王立ちしている。
「何が貴族よ、何がカラドリアの栄光よ…そんなのもう、たくさんなのよ…」
　その肩は…やはり小刻みに震えている。
「あんたじゃジャックの代わりにもならない。マルティンのこともゲルンタージュのことも一生分からない。勝手な理念だけ一人で墓場まで持って行きなさいよ！」
「何だと…」
　頬を押さえてゆらり、と立ち上がるジェレミー…さん。
「何も知らない女がよく吠えるものだな。これはカラドリア貴族、引いてはジェイスンの存続の問題なのだ。…引っ込んでいろ！」
　手を上げる。…ボクの体は、やはり、勝手に動いていた。思わず目をつぶって頭を覆っているマリア、と彼の間に。
「…マリアに手を上げようというのなら、許さない」
　振り上げた手を受け止めていた。そして、拳ごと握り返す。ぎゅっと。力を込めて。
「ようやく分かってきましたよ、あなたという人が」