TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-15]

「あなたは…とても悲しい人だ」
　真っ赤に充血しているジェレミーさんの顔。腰を浮かせてはいるけど戸惑っているらしいジムさんと、キンバリーさん。レイミーさんはどんな顔をしているんだろう？　ここからじゃ見えないな…。もう一人、見えない人がいるけどね。マリアだ。ボクの後ろにいるから見えるはずもない。
　自分でも怖くなるくらい落ち着いているのが分かる。拳ごと握った手に彼の体温が伝わってきて、こっちのてのひらの温度が上がっていくのすら分かる気がする。
「なんで一人、我を張ろうとするんです？　ジェイスンの家だってあなた一人でやってるわけじゃないでしょう？」
「聞いた風な口を。手を放したまえ。君に貴族の何たるかが分かるはずもない」
「ええ。分かりませんよ。…でも分かろうとすることはできます」
「…何？」
「あなただってそうなんですよ。あなただって他の誰かを分かろうとすることはできる」
「手を放せ…民の分際で」
　しかし、ボクはその拳をぎゅっと握り返す。…背中に暖かい感触…いや、誰かが触れてるわけじゃないんだけど…ボクに向けられたとっても暖かい気持ちを感じることができる。そう、ボクは一人じゃないんだ。
「そろそろ本心で話すべきだと思いますがね。誰かの言葉じゃない。ジェレミー・ジェイスン。あなたの言葉で語るべき時なんじゃないんですか？」

　握り返していた拳を、そっと放す。その拳をさすりながら火でも着きそうな目でボクを見るジェレミーさん。
「何がしたいんですか？　あなたは？」
「決まっているだろう、我々にはお金がないのだよ。収入を得るためなら何をやってもいいのだ。そう、我々貴族は犠牲者なのだよ…そうなのだ、だからどんなことしてもいいのだ」
「冗談言わないでよ」
　ずい、とボクの前に出るマリア。
「あんた、正気なの？　勝手に被害者づらして勝手に好き勝手やって…貴族だからお金がないから何やってもいい？　ふざけんじゃないわよ！　他のみんなのこと、考えたことあんの？」
「他のみんな？　は！　笑わせるな。私は自分がやりたいようにやるだけだ。君らもやりたいようにやるがいいじゃないか、そんな簡単なことも理解できないような低脳な臆病者どもにはとても実行できないだろうがね」
「それは貴族だからでしょ？　みんな遠慮してんのよ、そういうこと、分からな…」
　マリアの肩を、そっと掴んで後ろへと回す。…意外に細かったんだな…こいつの肩って。
「じゃあ、ボクも自分のやりたいようにやらせて頂きます。マリアはボクがもらっていきます」
「な…そんなこと許されると思うのかね？」
「許すも何も、あなたが今言ったんじゃないですか。自分の好きなようにやれ、と。ボクはマリアが欲しい。だからもらって行く。それだけですよ」
「ふざけるな！」
「ふざけてるのはあなたですよ、ジェレミー・ジェイスン」
「民の分際で貴族の名を軽々しく呼び捨てにするな！」

「さ、マリア。帰ろう。アレンさんも来てるんだ」
「えと、その…マルティン？　アタシ…」

「ジム！　こいつらを捕えろ！　貴族を侮辱したこと、後悔させてやれ！」

「…まあ、待ちたまえ」
　ジムさんが椅子を蹴るのより早く。ボクとマリアが部屋を出るよりも早く。ドアが開いて低くて渋い声が。…父さんより年上かな？　もちろんリンゼイさんよりも年上…の品が良くてがっちりした体格の男性が姿を現す。…えっと…。
「ジェレミー・ジェイスインよ。座りたまえ。さあ、そちらのお二人も」
　軽くウィンク。…あの。
「大変に失礼だがね。話は聞かせてもらったよ…何、花嫁花婿のご機嫌うかがいに来たら、ちょっともめているじゃないか…つい、ドアの向こうでね」
　レイミーさんがうやうやしく椅子を運んできて、それへ座る。なんだか威厳がある、と言うか存在感のある人だなあ…。
　ボクらもその後ろへ腰掛けるような形になったんだけど。やはり椅子を移動させてくれたレイミーさんにこっそり聞いてみる。
「今回の婚姻の儀の立会い役のハリー・レキシントン様ですのよ」
　あ。この人がそうなんだ…。