TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-16]

「せっかくの晴れの日だと言うのに。一体何をやっているのかね？　ジェレミー・ジェイスン？」
　椅子にかけたももの上にゆったりと両肘をついて…その上に顔を乗せる。
「まあ、こういった儀式というのは退屈なものだ、と相場は決まっているがね。それでも招待客と口論をしてもいい、というものでもあるまい？　どうかな？」
　重いなあ…。
　いや、その堂々とした体格もそうなんだけど。軽く背中を丸めるように、前へと体の重心を持って行くような座り方はとても安定感があってちょっとやそっとじゃ動きそうもないように見える。色んな意味で重そうなんだ。…ボクらは今、ハリーさんの後ろに座っているんだ。だからハリーさんの向こうにはジェレミーさんの顔が見えるんだけど、やっぱりと言うか何と言うか。ちょっと、青ざめている。
「しかし彼らは…！」
「結果は結果なのだよ、ジェレミー・ジェイスン。この控え室のさらに向こうの私や祭主様の控え室にまで届くような怒号というのは…あまり婚姻の儀には似つかわしくない。違うかね？」
　…ってことは…聞こえてたのかな、ここで話してたことも。

「カラドリア本会議で予算編成が大幅に変更されたのはもう１２年も前のことか…あの頃はまだまだ君も幼かったものだ…」
「……」
「一年前に正式に我々への給付金カットが実行された。皆、よく頑張っているよ。我がレキシントンは多少なりとも農地があるからジェイスンやローガンのような苦労はしていない、とも言えるがね。それでも皆、生きる道を見つけるために必死だった」
「…」
「その中でもとりわけ君の青の旅団は五大会議でもよく話題にのぼるほどだ。ゲマ街道上でも噂になるほどだと言うではないか」

「それほどのやり手がなぜこのような失態を？」
「彼らは…いや、あの男は…」
　きっ、とボクをにらむ。…へえ…。
「貴族をないがしろにしたのです。これは我々貴族への不敬なる挑戦です！」
「ふむ…ないがしろ、とは…？」
「名前を呼び捨てにし、私たちの苦労を笑う。これが大変に礼を欠いた行為だと言えないと言うのですか？」

　…おいおい。何言ってんだ、このヒトは。誰が何を笑ったって？
　思わず腰を浮かしかけたんだけど、そのボクの手を小さな手が握ってきた。となりに座っているのは一人しかいない。
　…いいから。アタシたちに任せて。
　顔は前を向いたままだし、視線すらこっちにも送ってきていない。でも、そんな風に言いたいんじゃないか、と…なんでだろ、素直にそう思えてしまった。だからボクはそのまま椅子に深く、腰掛け直すことにしたんだ。

「そういった決まりごとがあるとしてもそれが失礼になるのかどうかは…ふむ、私では判断できないな」
　ちらり、とこちらを振り向く。
「マリア。君はどう思ったね？」
「はい。レキシントン様。ジェレミーの言うことももっともだと思います」
　ぎゅっと、ぎゅっとボクの手を握り締めてくる。
「でも、アタシたちはもう変わるべきなんだと思います。いつまでも過去の慣習に囚われて、過去の栄華にすがって生きていくべきじゃないと思います。こんな言い争い、貴族ではない人たちからすれば当然のことです」
　だから…ボクもその小さな手をしっかり、しっかりと握り返した。
「普通に生きてる人たちだって苦労をしています。それなりに生きていればそれなりに苦労をしています。それを自分だけが苦労していて、しかも、苦労してるんだから何をしてもいい…というのはただの傲慢です。貴族だからそれが許されるというのは間違ってると思います」

「アタシたちは一人で生きてるんじゃないんです。生かして生かされてここにいるんです。くだらない縛りはもう止めるべきなんです」

　その時のジェレミーさんの顔は…なんて言ったらいいんだろ、青くなったり赤くなったり忙しそうだなあ…とでも言ったらいいんだろうか。膝の上に置かれてある手が開いたり閉じたりしているのがなんとも印象的だった。
　…やっぱり哀れな人なんだな、とボクも思う。これがもし…そう、例えばカラドリアのジェイスンの家じゃなくてゲルンタージュの普通の家で生まれて育ったとしたらこんな感じにはならなかったと思う。
　もっと違う出会い方をしていたらもっと違った関係になっていたのかも知れない…かもね。