TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-19]

　…あ、そう言えばそうだよな。そういうことにもなるんだよな…。

　うんうん、とうなずいていると隣のマリアも同じように感じたらしい。やっぱりうなずいている。何度も。
「…しかし、しかしですよレキシントン様。我々と同じような理念を持っているなどというのは…オレは同意できません」
　やっぱりこの人は…なんだかなあ、ホントに。別にそんな大げさなことでもないと思うんだけどなあ…？
「別に君に同意を求めているわけではないよ、ジェレミー・ジェイスイン」
　変わらずゆったりしたハリーさんの言葉。
「理念などというのは各個人それぞれがそれぞれに応じたものを持つべきものだ。違うかね？」
「しかし…！」
「それに、これは…良い機会ではないのかね？　我々カラドリア貴族は今後世の中に打って出ないといけない。しかしこれまでは『貴族だから…』という一種、甘えのようなものがあった。違うかね？」
　ハリーさんの視線は対面しているジェレミーさんだけじゃなくて、左後ろにいるマリアにも注がれる。…二人とも息を呑む音が聞こえた、ような気がする。貫禄の違いと言うか…こんな風に周囲を納得させてしまえる人っているんだなあ…。

　…あ…なんか左手があったかいな、と思ったらまだマリアの手、握ってたんだ。いいのかな、なんだかジェレミーさんがずっとこっちを見てるから、どうにもマリアの方を見にくいんだけど。いや、別に見てもいいんだろうけど…なんか恥ずかしいなあ。
　じゃ、ちょっと、手をずらして…。
「はい。甘えがあります、どうしても」
　ぎゅっ。
　うわあ…放さない気か、マリア。
「カラドリアにいればそれはもちろん。そうでない場にいても『貴族だ』と名乗りさえすれば周りの人は気を遣ってくれます。…アタシはそれがイヤでした」

「でも…そうじゃない、ローガンの名を出さなくても普通に接してくれる友人達がたくさんできました。だからアタシは…」
　ぎゅうううう。
　痛い、痛いってば。中途半端に手を抜こうとしたもんだから…指、四本だけしっかりと握ってくるなってば、痛いって。
「これからも大丈夫です。ただのマリア・ローガンとして生きていけます。…そちらはどうなんですか？　ジェレミー・ジェイスンさん？」

「…それは甘えではない。当然の責務だ、とオレは思っている。皆はオレたちを貴族として見る。でもそこには高潔な責任が生じる。当たり前だろう？　そのように遇してくれる礼のようなものだ。…だからオレはそれを甘えとは見ていません。それ以上の礼を返すのが我々貴族の義務なのですから」
　あ。少し…力抜けてきたか…な？
「なるほど。それが君の理念というわけだね？」
「はい」
「しかしマリア・ローガンの理念とは大分違うようだ。どちらかと言えばそれはマルティン君に近いようだが…？」
　って、ここでボクに振ってくるんですか？　ちょ、ちょー…マリア、痛いって、ンなに強く握ってくんなって、まだ指だけだって、握るんなら全体を…うわ、ハリーさんだけじゃない、ジェレミーさんもマリアも…奥にいる執事の二人も、多分レイミーさんもこっち見てるんだろう、って、やっぱ痛いってば、マリア。
「どうかね？　率直な意見を聞かせてくれないかね？」

「えー…」
　マリア放してくれそうもないなあ…お、でも、少しは緩んだか…。
「はい。マリアの考えはボクたちと大分近いように思います」
　だからー…痛いんだよ、マリア。さっき以上に力、込めてくるな…！
「と言うより、その…ボクは貴族とかそういうものがよく分からないもので」
「ゲルンタージュにもバズハイム王国の貴族の方がおられるだろう？」
「はい。それは…でも、あんまり気にしないものなんです、ゲルンタージュでは」
「…ふん。貴族の栄光をなんだと思ってるんだ…ったく」
　小声だけど聞こえてるぞー…ジェレミーさん。
「それはなぜかね？」
「気にしても意味がありませんから。だって、皆、普通のご近所さんなんですから…あーあ、ああーあーっ！」
　痛い。イタイ。いたい、痛いってば、マリア…。

「どうかしたのかね？」
「いえ、何でもありません、何でもないんです、大丈夫です」
　椅子から転げ落ちてしまった…ボク。なんとかマリアの手から抜け出せたんだけど…レイミーさんに手伝ってもらってなんとか椅子の上に。
　…もうマリアの手、握らんぞ。しっとりしててあったかいんだけど、ここまで痛いんならもうゴメンだ。