TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-20]

「ふむ。それは大変に興味深い。そうは思わないかね、ジェレミー・ジェイスイン？」
「…呆れる限りですがね。貴族を貴族と思っていない、なんて」
「そんなんでゲルンタージュに薬協支部作ろう、なんてそれこそ呆れるけどね。相手の町のことも知らないなんて」
「ふん。それならそれでやりようというものがあるのだよ」
　…あー…なんだかやっと手の痛み、引いてきたぞ。…ふー…。
　…大丈夫ですか？
　軽く手をさすっていると、レイミーさんがそっと身をかがめて小声で聞いてきた。
　…大丈夫です。
　とは答えておいたけど…結構大変なんだなあ、この人たちも。

「しかしこれでよく分かりました。彼には理念も何もなく、ただ好悪の感情だけで薬協支部を作ろうとしているのだ、ということが。私ならばそんな愚行はしない。…我が崇高なる目的に向かって邁進するとしましょう。ゲルンタージュに薬協支部を作ることができれば我が青の旅団はさらなる飛躍を遂げることができる。そして、それが我がカラドリア貴族の栄光を取り戻すことになると…！」
　まあ、別にもうどうだっていいんだけどさ。なんかしゃべり方も元に戻ってきてるし。
　でもなあ…こういうヒトを社長（むしろ団長じゃないのかな？）にしてるってことは社員のナスターシャやレイミーさんは大変なんだろうなあ、と。気も使わなくちゃなんないだろうし、なんか言い方一つ間違えただけでもかんしゃく起こしそうだし。
　…と思って今度はちらりとレイミーさんを見てみると…いつものようにかすかな笑みをたたえたまま。…こういうことはいつも起きてるから慣れっこ、ということなんだろうか…？　それとももうあきらめちゃってる、とか…いや、まさかそんなことはないか…。

「ではジェレミー・ジェイスン。私がここへ来た目的はもう果たされた、として問題ないのだね？」
「レキシントン様の目的がどのようなものだったのか計りかねますが…私の方にはローガンとの結婚破棄に問題はありません。ただし、ローガン当主マーチン様への説明等はこちらでは一切関与できません…」
「それは承知しているよ。私がなんとかしよう。ジェイスンのジョージの方も私から説明しておこうか？」
「お口添えは感謝いたしますが…我がジェイスンの家のことは私がどうにかいたします。父である当主ジョージには私から説明いたします」
「うむ。…ではそういうことになるかね？　ちょっと忙しくなりそうだ。まずは…」
　椅子から立ち上がって軽く肩を回したりのびをしたり。
「大聖堂に集まって頂いたお客様への説明と…それから祭主様にも釈明をせねばならないね」
「ア、アタシやります！　…何もしない、というのは…なんだかちょっとアレなので…」
　あわてて立ち上がるマリア。それを見てやはり慈しむような笑みを浮かべるハリーさん。
「じゃあ、一緒に行こうかね？　その前に着替えだね。いつまでもそんな格好しているわけにもいくまい。…キンバリー君、彼女を着替えさせてやってくれないか？　ここを出て右へ二つ目だったかね、お手伝いのいる準備室は…？　うむ。付き添って行ってくれたまえ」
　マリアは何か言いたそうな顔でボクを見たんだけど、結局そのままキンバリーさんに連れられて行っちゃったんだ。

　同じようにしてジェレミーさんもジムさんと部屋を出て行った。特にどう、というのはなかったんだけど…部屋に残ったボクの顔を見て、一瞬だけ笑ったような気が…いやいや、気のせいかな。そういうことをするようなヒトじゃないよねえ。
「では行こうか、マルティン君。先に大聖堂へ行っておこう…何、マリアはまた後で来るからね、心配しなくてもいい」
「えっと…別に心配なんかしていませんが…」
「ははは。そういうことにしておこうかね。…ランス、行くよ」
　…やっぱりハリーさんも貴族なんだなあ…今まで全然気づいてなかったんだけど。実はハリーさんが控え室に入ってくる時にその背中を守るように長身ですらっとした男性が一人入ってきていたんだ。それがこの人、執事のランスさん。気配なんか全然感じなかったもんなあ…今、ドアの方を見て初めて気づいたくらいだったりする。
　無口な人なのか軽く会釈してそれっきり。でも薄い唇の端に浮かぶ笑みはハリーさんのそれと同じようにあったかいものだったから、冷たい人なんじゃないってことは分かる。大聖堂へ向かうボクたち…ハリーさん、ボク、レイミーさん…の一番後ろを静かに歩いているけど距離の取り方も歩き方も、特に存在を感じさせないんだけどどこか貫禄がある、と言うか。そういうとこ、やっぱり主人であるハリーさんとよく似てくるんだろうと思う。

　廊下を抜けて大聖堂へ。あのドアを開ける。
　でもハリーさんはマリアが気になるからまた戻るとしよう、そうだ、先に祭主様に釈明しておくから君は先に行っておいてくれたまえ…ということでレイミーさんとさっきまでラン君たちといたテーブルへ戻ることになったんだけど。
　…なんか…雰囲気が違ってるんだよなあ…。
「何かあったんですかね？」
　こっちだってなんかあったんだけど…これは。でもレイミーさんは首を傾げてしまう。
「さあ…何でしょうね？」
　さっきまでと違うと言えば…あ、あの壇の上に人がいる。祭壇とかご本尊の前にあった一人くらいがちょうどいい、あの壇。よく見ると…立派なヒゲ生やして…おじいさん？　でもあの格好は…？

　その壇の下には誰あろう、ラン君がいる。そして壇上のおじいさんはラン君と同じサーナを着ているのがここからでも見て取れる。