TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-21]

「ランカスター・アリ・ウンバー・シャムシエル・ソイロ・ドウチェ・ミナハよ！　己の見識の無さもこれまでと知れい！」
　声高に言い放つおじいさん。…ハリーさんとは違った意味で貫禄があるなあ…。
「何言ってやがんだ、クソジジイ！　オレはな、てめーのそういうとこが大嫌いなんだよ！　ごちゃごちゃ押し付けるだけが生きがいなんじゃねーのか？　あ？」
　何と言うかすでに見世物状態になってるような気がするんですが、この二人。招待客の方々も…無視はしてないけど別に歓迎もしていないと言うか。そうか、これがこの妙な雰囲気の正体か。みんな視線を送ってはいないんだけど意識は壇上のおじいさんと下のラン君に注目している…見ない方がいいけど本当は見てみたいとかそんな風に思っていそうで。
　…実はみんな笑ってんじゃないのかなあ…サツバツとした雰囲気でもないし。壇上の威厳ありそうなおじいさんとラン君の言い争いと言うか口ゲンカと言うか…それもなんだか心底怒ってるようには聞こえないし。
「戯言を申すな！　ランカスター・アリ・ウンバー・シャムシエル・ソイロ・ドウチェ・ミナハよ。おぬしらは我らがいなければ立ち行かず、我らもまたおぬしらがいなければ立ち行かんのじゃ！」
「うっせー、そうならそうでもっと色々やるこた、あんだろ？　そういうとこ全部無視こいてんじゃねーよ！」

　すでにテーブルにはいくつかの飲み物とお菓子のような軽食が出されてある。立食形式らしいんだけど…美味しそうに揚げ菓子をぱくついているのはシャーマニーさん。
「あ、おかえり～」
「…何か、あったんですか？」
「え？　あれ？　ああ、気にしないでいいの。これも年中行事みたいなものなの。…アンバス様もお元気よねえ、いつまでも」
　とまたお菓子をぱくり。ボクの不思議そうな視線に気づいたのか、にっこりと微笑んで壇の方へ向き直る。
「えっとね、アンバス様ってのがあの壇の上にいる人でね…ミナハ本家の長老になるの。要は一番エライ人？　わたしたちは分家の分家の…そのまた分家ってくらいかな。ミナハの一族の人間ってちょっとした数になるの。だからわたしくらいの年なら結構いるんだけど、ランくらいの年の子ってのがねー…いないのよね…あいつ以外」
「同年代がいない、ってことですか？」
　うん、と少しさびしそうにうなずくシャーマニーさん。
「カラドリアは大きな町だからね、町中で探せばいっぱいいるけど。逆にランよりも年下の子ってのも一族には結構いるのよ？　でもあの子は一族の中じゃ一人ぼっちだったの。その分変な期待とかかっちゃったりもしたけどね。…でもね、それはアンバス様も同じだったの。アンバス様がミナハの要職につかれた頃は一族も多くがよそへ行ってたりとかミナハの名を捨てたり、とか…本家と二、三の分家くらいしかカラドリアにはいなかったんですって。そんなこんなで『ミナハの危機』とか呼ばれたその事態を、実質お一人でここまで復活させた、って聞いてるわ」

「大勢の中の孤独って言うのかしらね？　そういうとこを分かってらっしゃるのよ、アンバス様は。だからああやって遊んでくださっているの」
　…いや、遊んでるとかそういうレベルじゃないと思うんですが…。
「でもねー…ランはバカだから。そういうとこまで分かってないのよ。だから本気でムキになっちゃうのよ。ああ…そろそろ迎えに行っとこうかしら。アンバス様はよくても周りのおじい様方がねえ…長くなるとちょっとやっかいだから」
　そう言うと、ぐるぐると肩を回しながら壇の方へと向かって行ってしまった。…思わず顔を見合わせてしまうボクとレイミーさん。…なんだかこんな世界もあるんだな、と思い知らされた、と言うか…。

　そこへアレンさんとリンゼイさん、それにエイミーさんもやって来た。
　もちろん首尾を聞きたがったわけだけども。エイミーさんがすでに結婚の儀取りやめのことを知っていてみんなに話していたらしい。さらにさっきまでそのアンバスさんが立っていた壇に、これもやはり威厳のある白い立派な髭の人が立って（この方が祭主様らしい）取りやめを正式に告げたものだから…まるで増水してた川の水が流れ去っていくように大聖堂の中から人が減っていく。…これもちょっと不思議だったんだけど。てっきり文句とかそういうのがあちこちから出るかなあ、と思ってたんだけど…みんな結構普通の表情だったんだ。個人の結婚式じゃなくて町の恒例行事とかそういう風になっている、というのもうなずける気がする。雨が降ったから延期します…みたいな？
「あー…姉貴、いいから耳、離せよ。あいつにゃまだ言っとかなくちゃなんねえことがあるんだからよ」
「ダメ。今離したらあんた鉄砲玉みたいに飛び出してくでしょ？　やっかいごとはゴメンなんだからね、姉ちゃん」
　ラン君を文字通り重そうに引きずってくるシャーマニーさん。…ちょっと、気になることがあったんで聞いてみることにしたんだ。
「そう言えばさ、あのアンバス様が言ってた君の名前って…」
「ああ、あれか。あれがオレの本名さ。長いだろ？　ランカスターとミナハの間に有名なご先祖様の名前をたくさん入れてご利益にあずかるんだと。…ったく、うざってえったらありゃしねえ」
　ようやく解放されて耳をさすりながら、やっぱり仏頂面のラン君。でも、シャーマニーさんがこっそり耳打ちしてくる。
「ねえ、マルティン君。アンバス様のご本名、知ってる？」
「いえ…」
「アンバス・アリ・ウンバー・ロキシエル・ソイロ・ドウチェ・ミナハ。本来は直系のご先祖の名前を入れていくから本家と分家だと全然違う名前になるんだけど、例の『ミナハの危機』から特に決まりはなくなったの。それでランの名前は…」
「姉貴…もういいだろ、ンな話は。あいつがオレに名前くれたってのも、どうでもいい話だろ？　な？」
　うわー…顔真っ赤だ、ラン君。
「それよりおめえだ、マルティン。マリアの野郎はどうした？　見たとこうまくいったみてえだけど一緒じゃねえのか？」