TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-25]

　しばらくリンゼイさんの顔を見てたんだけど、いつものように穏やかな表情のまま。
　ふと視線を戻してみると…あれ…ランスさんは…？　来た時と同じように気配も感じさせずに、本当に消えてしまったように行ってしまったみたいだ。…でも。
「リンゼイさん、一体何が…？」
「ふむ。どうもやっかいなことになっておるようですな…」
「まあ、一筋縄じゃいかねえってことだろうな」
　よ、という掛け声と一緒に身を起こすラン君。シャーマニーさんも何度もうなずいている。
「体面ってやつね。…今日のところはおとなしく引き上げるか…それともミナハの店にでも行ってみる？　今からだって時間あるんでしょ？」
「そりゃあ、まあ…」
　マリアのことは気になるんだけどなー…。
「気にしても仕方ないことは気にしない方がいいですな。…良い機会です。薬店をご覧になってみることをお勧めしますよ」

　まあ、たしかに。
　ここでボクが何かできるかって言えばそれはそれで…何もできそうもない。
　例えばボクがこれからマリアのいるローガンの家に乗り込む…とかそういうことをしたらますますわけが分からなくなってしまうだろうしね。あんまり意味もなさそうだし、ボクも正直そういうとこには行きたくない、と言うか。ジェレミーさんの態度からしてボクなんかが行ったってけんもホロロに追い返されそうだってのはよく分かる。相手になんかしてもらえないと思う。…それこそハリーさんがいたら違ってきそうではあるのだけれど。
　それでも…なかなかに気分の切り替えってのは難しいなあ、と。気になるもんはどうしても気になるもんなんだし。

　じゃあここで集まってても仕方ないな、一旦オレらは帰るわ。後で宿屋に迎えに行くからよ、着替えでもしてな…とラン君とシャーマニーさんは軽く手を上げてから行ってしまった。…いつの間にかミナハ薬店の見学に行くことになってしまってるんだよなあ…まあ、なんだかあの二人らしい持って行き方、と言えばそれはそうなんだけど。
　リンゼイさんも店に戻るとしましょう、すぐに昼時ですから混んできてしまいますしね…と、そうだ、もうそんな時間なんだ。じゃあ午後はミナハの薬店見学が中心になるってことか…。
「いい勉強になると思うよ」
　アレンさんはそう言ってくれたのだけれど。

　ジャスミンさんの宿屋に戻ったのはそれからすぐのこと。借りていた正装を返して…やっぱり気にしているだろうマリアのことも説明してみる。と、意外と冷静なんだ、この人は。
「そういうもんだろうね。なかなかにお堅い家だからね…あすこは。あたしも散々に苦労したもんさね」
　あ。そっか…昔から色々あったんだっけ。じゃあ、今回のようなことも何度か経験してるんだろうか…？
「執事からしてアレだろ？　ったく、イヤんなちまうね…でもレキシントン様と知り合いになった、ってのは大きいねえ色男。五大貴族の中でも一、二を争う有力者って話さね。話聞く限りじゃあんたに興味持ったみたいだしね」
「興味…ですか」
「そういう小さなところから始まるもんさね。さ、ミナハ薬店行ってくるんだろ？　ラン坊もいるし、シャーマニーの姉御もいるって…こりゃあ豪勢だね。帰ってきたら話、聞かせておくれね」
　と、豪快に送り出してくれた。何が豪快か、と言うと背中を思い切りはたかれて送り出されたから。…痛い…。

　送り出された時に渡されたのが軽食の入った紙袋が二つ。昼食代わり、ということらしい。ラン君たちとの待ち合わせはすぐ近くにある小さな石畳の広場。ラン君と初めて会ったところでもある。あの「案内してやろうか」おじさんとかいないだろうなあ…？
　そんな心配は無用で、広場には誰もいなかった。昼時だから、みんな自宅でごはん食べてるんだろうか？　ラン君たちもさすがにまだ来てないみたいだし。
「おやおや？　こりゃ燻製肉のサンドイッチだね。…美味しそうだよ。先に食べて待っていよう」
　ベンチなんかはないんだけど石組みのでっぱりがいくつかあるんで座るには問題ない。
「心配ないって。気にしても仕方ないことは気にしない。心の健康を保つためにも必要なことだね、これは」
　アレンさんはいつもの格好に戻っている。背中の荷物までは持ってきていないけど、腰にはいくつか皮の袋を結びつけている。これには色々なものが入ってるんだそうだけど…。
「はあ…」
　ボクも紙袋を開けてみる。燻製特有の煙っぽいけど鼻の奥をくすぐるいい香りが、ふわん、と漂い出てきた。…たしかに美味しそうだなあ…。
　よし。
「アレンさん」
「ん？」
「ボク、決めました。とりあえず今日はあいつのこと考えないようにします」