その辺は…なんだろ、個人的事情と言うか人それぞれと言うか。色々あるんだと思うのだけど。
「おう。俺はサイラスってんだ。ここの副店長やってる。よろしくな」
　差し出された手を握ると、ぎゅうう…っと、力いっぱい握り返してきた。…イタイ。
「はっはっは！　なんだなんだ弱いぞ。弱すぎるぞ？　男はもっと強くねえとな。ほれ、見てみろ！」
　ふん、と腹の奥底から湧き上がってくるような野太い掛け声と共に腕の力こぶを見せてくれる。…ボクには…無理無理。こんなの。それに体つきも小山みたいに肩が盛り上がっていて、見るからに力有り余っていそうだ…。しかも笑い方までも豪快そのもの。こういう風に大きな体とか力とかあったら全然世界が違ってくるんだろうな、とか思ってしまう。ボクなんかは体はそんなに大きくないし、力もないし。幼年学校から高等学校まで背の順で並ぶと真ん中よりちょい前ってくらいだったし。これから年とって行ったらああいう風になれるか、と言えば…それもなんだか無理っぽい。
　そう言えば…二人とも一体いくつなんだろ。ちょっと年齢つかみにくいんだけど…。
「姉貴よりも少し年上なんだ。二人ともそれぞれ結婚してて、子供は…サイラスさんの方が遅くてな。去年だか一昨年だかに娘が生まれてる。タルーラさんの息子さんは今年中等学校だったっけかな」
　ラン君がそう教えてくれたんだけど、なんだか子供がいるってのが信じられないなあ…そうするとハインツ兄やヘルガ義姉さんと同じくらいってことになるのか…。アレンさんと挨拶してる二人の横顔、そっと見てみたけど、なんだかそういう年には見えない。

「おう。そうだ。あれどうなった？」
「あれ？　ああ…もう入ってるわよ。シャーマニーちゃんが作業してるはずだけど…？」
　それにしてもすごく息が合ってるんだ、二人とも。幼なじみで長い年月関わい合ってるんだろうな…いうのがよく分かる。それぞれの、タルーラさんの強烈な言動とかサイラスさんの豪快な物言いとか。そういうのだけ見ると噛み合わないような気はするんだけど。でも普通とは動きが違う、というか…お互いがどう動くかお互いよく分かってる、と言うか。普通に動いてるようでもきちんと補い合ってるてのがよく分かる。
「いいコンビなんだね」
　とはアレンさんの言葉。たしかに。

　しかし…どうしようか。肝心のシャーマニーさんがいないってのも…。
「もうちょっと待っててね。シャーマニーちゃん、今手が離せないの。ごめんなさいね」
「まあ、出てくるまで商品でも眺めてな。色々あるからよ」
　ってことで…それからしばらくは店の中を見てることになったんだ。アレンさんが採ってきていたアクシーバの花、それを加工した丸薬もガラスケースに入れて大事そうに陳列してある。値段は…たしかに高い。大体、ケースにこうやって並べてあるって時点で高そうなものだってことになるよね。姉さんの店にはこういう大きなケースはないけど、高価なものはやっぱりきちんと棚にしまってあったし。
　ケースの大きさはボクが両手を広げたくらいで、店の真ん中に堂々と置いてある。中にはアクシーバだけではなくて、もちろん他の色々なモノも陳列してあるんだけど…。
「……」
　分からない。植物のタネ？　とかそれくらいなら分かるけども。そりゃ値札に品名も書いてはあるし、読めるんだけど…それが何か分かってないと意味はないわけで。ただ高いだけの物ってことになってしまう。…だってさ、どう見たってムカスか牛か何かの茶色い毛みたいなのが三本。仰々しく飾られてたりするし。
「…ニ、ニルクの…毛？　金貨…げ」
　なんじゃこりゃ。金貨六千枚って。どこのお金持ちがこんなわけの分からんもんにこんな大金を…。
「おやおや？　ニルクの毛が金貨六千か…安いねえ…」
　って。アレンさん？

「…安いんですか」
　ボクのしぼり出すような言葉に、に、と笑みを返してくれる。
「うん。安いね。三本だから一本金貨二千枚。多分成獣のものなんだろうね。これがもし生まれたての幼獣のものだったら一本金貨五万枚は下らないね」
　ご、ごまん、って…どんなお金だか想像できない…。
「ニルクというのはね、ノルザムランドの山奥のそのまた山奥に住む、とされているシカの一種なんだ。高山特有の特殊なコケしか食べなくて、単独もしくはつがいで行動すると言われている。大きさはそこらの犬くらいしかないせいもあって、なかなか見つかることはない。山菜取りなんかに来た人がごくまれに死骸を見るくらいでね。生きた個体はまだ捕まっていないって話なんだ」
「じゃあ、この毛って…」
「そういう風に見つかった死骸からとれるんだ。生きたニルクを専門に探す研究者と言うか宝探し屋もいたりしてね…人生を捧げてるんだろうね」
　なんか、すごいな。
「…てことは…この毛をとった人は大金持ちになったんでしょうね。シカだったら毛なんかたくさん生えてるわけですし」
「いや、この毛はね、ほんの一部にしか生えていないものなんだ。だからなおさら貴重なんだね」
「え…？」
「ニルクは全身真っ白なんだ。雪山で保護色になってるのかな。でも頭頂部のほんの一部に数本だけこの茶色い毛が生えているのさ」

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