TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-29]

「その貴重な数本だからな。さらに値も張るってわけだ」
　大きな木箱を軽々と運んでいたサイラスさんがにやにやしながら補足してくれる。
「何かの薬になるんですか？」
「なるなる。すんごい効果…らしい」
　木箱をそっと床に置いて、にかっと笑ってみせる。うーん、どれくらいの効果がって…それより。
「何に効くんですか？」
　そのすごい効果ってのは何に対してなんだろう？　何気なく聞いてみたのだけれど…今度はタルーラさんがにっこり笑いながら答えてくれた。
「アタマのお薬なの。そろそろヤバいのよねえ…サイラス？」
「…言うな」
　軽く頭をなで回しながら…さびしそうに小さなため息なんかついている。あ。そういうことか…これから期待できないとか何とか。それほどひどく後退しているようにも見えないんだけど、当人にとっては重要なことみたいだ。サイラスさんはもう一度自分の頭をなでまわすと、木箱を担いで奥へ入って行ってしまった。…その後姿になんだか哀愁を感じたのはボクだけだろうか…。

　とか思っていたらアレンさんがこっそり耳打ちしてきた。
「でもね、マルティン君。ニルクの毛がソレに効くってのはまだ実証されてないんだ」
「へ…？」
「学者連中でも意見が分かれていてね。資料もほとんどないし試料なんかまず手に入らないし。そもそもニルクという動物が存在しているのか？　って疑問を持ってる学者もいるくらいなのさ。だから…まあ、こういうのは民間伝承とかおまじないとかそういうものになってしまうんだろうね」
　…いいのかな。そんなのこんな値段で売ってても。
「ルートセラーの扱う薬なんてのは実際はこんなものばかりでね。経験と過去の資料や伝承なんかで効能を決めたりする。そういうところは結構アバウトさ。実証と理論できっちりやって行きたい人が医者や学者になるのかも知れないね」
　そういうもんなんだろうか。ちょっとボクには分からない。

　それから来たお客さんは数人、と言ったところだろうか。三番店とは言えあのミナハ薬店だからすんごく繁盛しててお客さんも押し合いへし合いしてるんじゃないだろうか…とか勝手に思っていたのだけれど。そんなことも何もなく普通にお客さんが来て買い物をしていくだけだった。…まあ、当然と言えば当然なんだろうね。ゲルンタージュでほぼ唯一の薬店になる姉さんの店だって繁盛しまくってる、というわけでもないのだし。
「毎度どうも」
　しかも来たお客さんのほとんど…というより目の前で買い物してった人全部が常連さんみたいなんだ。サイラスさんやタルーラさんの態度を見ればボクだってそれくらいは分かる。新規のお客さんの開拓ってのはやっぱり難しいもんなんだろうか…？
「そうでもないのよ。ここらはちょっと入り組んでるでしょ？　だからどうしてもご新規さんより地元の常連さんが多くなってしまうの。もっと大きな通りだったら分からないけどね」
　とタルーラさんは笑ってたけど。そうなると経営厳しくないのかなあ…。
「安泰ってわけじゃねえよ、そりゃ。薬店てのは儲けが出にくいんだよ。常日頃から薬ばっか買ってる奴なんかそうそういないだろ？　ま、うちは薬になるもんだけ扱ってるわけじゃねえけどよ」
「昔っから言われてんだと。『儲けを出そうと思うな人を集めろ』ってな。オレにはよく分かんねえけどな」
　ラン君はあっけらかん、とこう言うのだけれど。
「はっはっはあ！　おめえもまだまだってこった！　もうちっと年食いな、坊主！」
　と、豪快に笑われてしまう。でも…ボクにもよく分からないなあ…だって、店ってのは儲けを出してナンボってもんなんじゃないのかな、と。え、うちの宿屋？　あ、まあ、その…たしかにうちの宿屋も儲かってはいないのだけども。でもよく分からないことではあるんだ。
　…しかし…ラン君。なんか自然に手伝いモードに入ってると言うか…いつの間にかごくごく自然に木箱の中身の選別作業手伝ってる。いつもこういう感じなんだろうか？　一緒に作業してるサイラスさんも違和感ないし。

　そうこうしてるうちに奥のドアが開いて…シャーマニーさんがようやく姿を見せてくれた。
「ごめーん。…飛び込みの買取りがあってね。どうしても手が離せなくって」
「いえ。まあ、大丈夫です」
「ゴハン食べた？　え、おべんともらってたの？　いいなあ…ね、もうちょっと待っててもらっていいかなあ…ちゃちゃっと食べてきちゃうから。私、自分で作ったお弁当があるのよ。それ食べてからってことでいい？」
「そりゃ、まあ」
「じゃあ、そういうことで…すいません、タルーラ店長、食べたらすぐに出ますね」
　と、やっぱり騒々しくまた奥へ戻って行ってしまったのだった。ふう。