TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-33]

　つまり…何だろ、ここまで違う町になれるんだなー…って正直驚いたってのもあると思うんだ。

　やっぱりカラドリアはカラドリアなんだよね。ここじゃあ、ボクはただのイナカ者になってしまう。シャーマニーさんが「ここにしましょ。いいお茶使ってるし何より安いんだから」と言って選んでくれたお店だって普段のボクならまず入ろうとは思わない店だったんだ。
　ゲルンタージュならどの建物にも必ずある、よその人が見たら絶対おかしいって思う彫刻とかでっぱりとか。そういうのはカラドリアにはない。
　そのお店も白く塗られて涼しげな壁に、這いまわるツタの鮮やかな緑が映えてとっても静かな印象を受ける。しかもテーブルや椅子なんかが道路にはみ出してしまってて、でも誰もそれを変とは思ってなさそうって言う、ちょっとボクには理解にしくいお店で…「オープンカフェと言うんだよ。セントランドでもよく見られるけど、気候の穏やかなイルトンランドにもよく合う営業方法だね」とアレンさんは説明してくれたけど…入り口も何もなくって全部あけっぴろげってのはどうも落ち着かない。きちんとしたドアがあって、それを開けて中へ入るってのが当然になってるからなのかな、ボクには。
　それでもボク以外の三人はそんなこと気にする様子はないみたい。…そりゃそうか。ラン君やシャーマニーさんにとってはこっちが当然なわけだし、アレンさんもこういうのを知ってるってことはどこかで経験したことがあるってことになるんだろうし。
　適当に空いてる丸いテーブルに着くとすぐに男の人が滑るようにやってきて、注文を取ってやっぱり滑るように去っていく。店の中は、いや、ここは正確には『中』じゃないけど、周りのテーブルには何人かのお客さんがいて…ひそやかにおしゃべりしたりお茶を飲んだりしている。…明らかに…うちの宿屋の食堂に来るお客さんとは違うんだ。都会っぽいと言うかオシャレと言うか。あんな格好、ゲルンタージュじゃまず見ることないぞ…。

　シャーマニーさんがにこにこしながら男の人からポットを受け取る。人数分のカップと、ちょっとした軽食もつく。軽食と言ってもこれはクラッカーかな。生地はビスケットやクイトに似てるんだけど、もっとサクサクに焼き上げてある。これにカタモモやランプベリーの真っ赤なジャムをつけて食べるんだって。
「お。これ、いいですね」
　アレンさんがかけらを落としそうになりながら優しい笑みを浮かべる。
「うふふ。ここのは自家製のジャムだから甘さ控え目で風味もばっちりなんですよ」
「オレはもうちっと食いでのあるもんの方が…」
　そんなラン君の横顔に笑顔で肘を入れるシャーマニーさん。…そっか、いつもみたいに後ろから頭はたくとテーブル汚すから横から突っ込み入れてるのか…って、それでも大分痛そうなんですけども。ラン君、頬を押さえてなんか唸ってる…。
「ね、マルティン君。お茶も試してみて？　香りとか違うと思うの」
　ポットからカップに盛大に注がれるお茶。あれ…？
「あ…たしかに香り、違いますね」
「でしょ？　ゲマ街道はゲマ街道なんだけどオレイアの方から来るお茶でね、色も違うでしょ？　ほら」
　ゲルンタージュとは反対方向から来たお茶ってことになる。なるほど、たしかにほのかに立ちのぼる香りは深くて、ずん、と鼻の奥へと浸み込んでくるんだけどそれが不快ってわけじゃない。濃い香りからは濃い味が連想できてそれが楽しみになってくる。色も…濃い、と言うか…なんか全然違うなあ。これは全く違う種類のお茶なんだろうか…？　うちのなんかとは比べ物にならないくらい濃くて深い色をしている。深すぎる、と言ってもいいかも知れない。
　うちの宿屋で使ってるのはゲマ街道をカラドリアとは反対方向へ行った、バズハイム王国でも茶の産地として名高いピンターニャのお茶を使ってる。ここも歴史ある町で、お茶の産地としてイルトンランド中にその名が知られている。お茶にはいくつかの等級があってうちが使ってるのは上から三番目。中の上ってとこかな。特上のも揃えてるけどこれはお客さんから注文があれば出すような特別なお茶で、同じ茶とは思えないほど違っているんだ。
「オレイアのセルリシア、と言えばお茶の産地で有名なの。小さな村なんだけど研究熱心な農夫の方が多くてね。栽培や製法に独特な技術を使ったりするから味も香りも他では味わえない逸品ができあがるの」
　そう言うとシャーマニーさんはさっきの男の店員さんをまた呼んで…何か一言、二言。笑顔でうなずいてやっぱり滑るように去っていく店員さん。

　すぐに戻って来たんだけど。今度は別のポットがやって来た。
「これも飲んでみて？」
　ポットのふたを取るまでも…ない。ちょっと揺すっただけで広がるこの緑の若葉を思わせるような…これは…この香りだけで分かる。小さい頃から何度か嗅いできた、この香り。もちろん飲んだことだってあるけど、顔見知りのお客さんのご相伴とかそれくらい。数えるほどしかなかったけど、それでもあの爽やかで舌の上を優しく転がる味わいは忘れることができない。色もいつものとは全然違うから見ただけでも分かる。濃い、と言うとさっきのお茶と同じような印象なんだけど、そこへ透けるような涼しさが加わる、と言うか。深い、というよりむしろ軽く感じてしまう。でもその軽さは決して浮ついたものではない。軽やかな清涼感をしっかりと感じさせてくれるものだ。
　カップにそっと注ぐと正にその香りと色が流れ出てきた。
「まさか…ピンターニャの特上品ですか…？」
「さすがね。こういうことができるのもカラドリアなのよ。バズハイムの逸品もオレイアの逸品も手に入る。今まで色んなモノを呑み込んできたのがカラドリアなのよ」