TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-40]

　…なんだかんだ言ってもシャーマニーさんのこと、気にしてるんだな。

　それでも結局は、ちょっと、寄ってみることにしたんだ。どんなところか気になるしね。もしかしたらジェームズさんにも会えるかも知れないしね。
　見た目は中央通りの他の、何と言うかオシャレな店とは全然そぐわない作りのお店。どっちかと言うと…もっとゴミゴミしたところの方が似合ってるなあ…こう言っちゃなんだけどジャスミンさんの宿屋の辺りとか。いかにも大衆食堂って感じの作りになってて、目の前には扉があって、看板が…。
　あれ…？　普通だったら看板、あるよね。ここだったら『岬亭』と書いてあったり彫ってあったりするのが。扉の横にもないし、軒先にかかっているわけでもない。
「…ちょっと、気になってたんだよな」
　ぼそりとつぶやくラン君。その顔は曇っている。
「おやおや？　君もかい？　僕も気になってたんだ…」
　アレンさんも同じような表情をしている。沈んだ、何か心配事を抱えているような…。
「何が、気になるんです…？」
　そう聞いてみると。二人とも同じタイミングでこっちを見る。そしてため息。
「オヤジだよ、オヤジ。岬亭のジャック・スミスと言えばこの辺じゃ知らねえやつはいねえくらいの短気なオヤジなんだ。店が開いてりゃあの怒鳴り声が聞こえねえ日はねえ…ってな。一種の名物さ」
「僕も怒鳴られたことがあるんだ。何辛気くさい顔してんだ、ってね。その時はあんまりいい気持ちはしなかったね。でもカラドリアを離れてしばらく経つと…不思議と懐かしくなってくるんだ、あのダミ声がね。だから、ついつい通ってしまう…」
　…そうか、マリアも言ってたっけ。ガンコそうでいつも怒鳴っているオジさんがやってる店だって。
　でも今、目の前にある店はひっそりとたたずんでいるだけ。ひっきりなしに馬車も通るこの中央通り。人もそれなりに歩いてるし活気もある。だけど、ここだけはその怒鳴り声も聞こえやしないし、なんだか取り残されたように静まり返っている。

「裏に家があるはずなんだけどな」
　というラン君の案内で裏へ回ってみる。こういう店と家が一緒になってる作りは多いんだそうだけど。…あ、シャーマニーさん。先にこっちに来てたのか…。
「姉貴」
「うーん…どうも遅かったようね。こんなものが戸口に貼ってあったわ」
　差し出してきたのは…手紙？　白い封筒に何枚か紙が入っている。
　開けてみると…

『これを読んでいる方々へ。まずは謝りたいと思う。
　長年愛してくれた岬亭を突然、事情も説明せずに閉めることを許して頂きたい。再開することはまずないだろう。家と土地は不動産屋に売り渡した。近々業者が訪ねてきて整理することになっている。

　息子のことがあって、ボードリウスへ引っ越すことにした。しばらくは知人のところに身を寄せて今後のことを考えたいと思う。息子は恐らくまだまだカラドリアに残りたいと願うだろう。しかしこれ以上はもう限界だ。これ以上息子に無理をさせたくない。もうぼろぼろなのだ。

　同時に息子の薬協支部責任者の任も解いてもらいたい。しかしやり方が分からない。これを読んでいる方々、お手数ではあるが解任の手続きをお願いできないだろうか？　このような事態を招いた上に身勝手なお願いまでするのは大変に心苦しいのだが、もう他に手はないようだし時間もないのだ。

　青の旅団、ジェレミー・ジェイスン氏には今回の件について一応謝罪の手紙を出してある。どう思われるのかは分からない。途中で放り出すことになるので迷惑をかけることになる。そこだけは私から謝罪すべきだと思って一通したためた。しかしそれ以上のことまで書くことはない、と思っている。私の最後のわがままだ。

　最後に。私はカラドリアが好きだ。でもこんな形では去りたくなかった。それが心残りだ。』

「…ジャック・スミス…」
　とても達筆で、きれいで力強い字で、最後にはそう記してあった。
「オヤジ…行っちまったのかよ…」
　夕方の少し青のかすんだ空を見上げて…ぐいっと顔をこするラン君。
「ボードリウスと言えばカラドリアからは歩いて五日もかかるんだ。ジェームズさんは本調子じゃないだろうし、まだゲマ街道上にいるんじゃないだろうか…」
「ジェームズさんが倒れたのが三日ほど前って言ってましたね」
「じゃあ、今から急げば…！」
「…落ち着きなさい。連れ戻したってムダよ。これだけ覚悟決めてるんだから。ジェームズさん、相当に悪かったのね…気づいてあげられれば良かった…」
　ふと、封筒を引っくり返すシャーマニーさん。と、そこには…。
「ね…これ…なんで？」