TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-44]

「それに帰った時はマルティンさん一人で、じゃありません。所長と所長のお父さんと、そして学校の先生。しかもマルティンさんはその時担架か何かで運ばれたはずです」
　…へ？
「花をとってあげるよ、というのは同じなんですが…大きな石の上にまで着いた時、マルティンさんは倒れてしまって、滑り落ちて来たそうです。その時に手をすりむいて…しかも状態がいつもとは全然違ったそうです。白目をむいてうなっていたんだそうです…」

　あの。どこの世界の話ですか？

「意識のないマルティンさんを見て所長がお父さんを呼びに行く。たまたま一緒にいた先生も駆けつけて来る…」

　そう語るエイミーさんの顔は真剣そのもので、ふざけているとかそういう表情は全然ない。いつもの明るいお姉さん…というよりもまるでお医者さんのような、そんな重々しい雰囲気なんだ…いや、お医者さんというよりも、ものすごく深刻なことを伝えないといけない学校の先生のようにうつむいてて…。
　学校の先生？
　その時、ふう…っと頭の中に浮かんできたのはカリナ先生の笑顔だった。いくらゲルンタージュの人の数が減ってるったって初等学校と中等学校がくっついてるってほどじゃない。カリナ先生は中等学校の先生だった。若い女の先生でとてもはつらつとしてて、体を動かす授業の時はものすごく張り切ってた記憶がある。中等学校は他にも何人か先生がいて、いくつかの授業を分担して教えてくれるんだ。カリナ先生は…体育と、数学と…後は何だったかな。それとは別に担任で…と言ってもクラスは学年に一つしかないし、入学から卒業まで変わらないんだけど…そんなんだったから色々話もしたっけ。
　そうだ。ナスターシャがいなくなった時もそうだ。あの時、先生は悲しそうな顔をしてたな…。

　高等学校はグレーテ先生という女の先生だった。…とても物静かで国語の授業と、ボクらの担任をしてたはずだ。やっぱりこっちでもクラスは学年に一つだけ、しかも担任の先生は卒業まで変わらないということになってる。だからついこの間までボクやジョンはグレーテ先生にお世話になってたはずなんだけど…あんまり覚えてないなあ、先生には悪いんだけど。中等学校の方が楽しかったんだろうか？　いやいやそんなこともないはずなんだけど。
　あー…でも卒業まで担任の先生が一緒、てのを嫌がって一部の連中が授業ボイコットとかそんな騒ぎもあったなあ…今考えると子供じみてるんだけどね。あの時、グレーテ先生は毅然とした態度でいつもと変わることなく授業を続けていた。その姿は一種感動を覚えたものだった。何せ、卒業の時にボイコットした奴が泣きながらグレーテ先生に謝ってたくらいだもの。もちろん先生はそのことを怒るでも何もなく、そっと抱きしめていたのは、やっぱり今でも感動ものなんだけどなあ…。

「その先生、つまり初等学校の先生と所長のお父さん。二人に抱えられてかあるいは担架で運ばれてアシュフォド通りのお医者様のところへ向かった、と…」

　そこで…気がついた。ボクの初等学校の…それも低年部の時の先生の名前って…それに…どんな人だったっけ？

　えっと、おいおい…そんな昔のことじゃないぞ。だって中等学校のカリナ先生と校長のミハイル先生のことはきちんと覚えているんだぞ？　高等学校だってそうだし。ええと。初等学校だよな？　場所はゲマ街道やカティ通りとかそういう大きな通りじゃない。もちろんメモリオでもアシュフォドでもなくて。えっとえっと。フォ、フォー、フォアマスだ。フォアマス通りに、たしか…そうだ。大きな木が一本立ってる場所で、そこへ家みたいな建物があって。
　あー…思い出してきた。たしか校舎とかそんな立派なものがあるわけじゃない。元々がゲルトルート校長先生の自宅だったんだ。ゲルトルート校長先生は、お父さんとお母さんが始めた初等学校を自分の家に移転させて新しく開校させたって話を聞いたことがある。それもボクらが入学する数年前とかそれくらいだったんで、ハインツ兄の時はまだゲマ街道に面した古い方の校舎だったはずなんだ。…さすがに古くて危険になってきたから取り壊そうか、ってことになったんだけどお金がないから…とかそんな話で自宅改造して初等学校にしちゃった、って。そうだこの話はあのロバート・ギルマンさんが踊りながら話してくれたから覚えてる。
　たしか…有志を募って新たに初等学校を建設しよう、とかそんな話もあったはずなんだけど…あれはどうなったんだろ？

「…そういう風に所長は話してましたけど、大分違ってるようですね？」
「え？　あ、はあ」
　やばい。なんかぼおっとしてた。
「あの、変なこと聞きますけど、いいですか？」
「…何です？」
「ボクの初等学校の時の、低年部の時の担任の先生の名前、ナスターシャから聞いてませんか？」
「おいおい。マルティンよ。そんな年でもねえだろ？　大丈夫か？」
　仕方ないだろー…覚えてないもんは覚えてないんだから。
　でもエイミーさんは一つ、笑みを浮かべて答えてくれた。
「テア先生って言ってましたよ。とても背の高い女の方で、おしゃべりの好きな方だった、と。

　テア…先生。やばい。全然覚えてない。顔も浮かんでこない…。