TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[4-46]

「あ…」
　もうほとんど反射的に立ち上がってた。何か…何か大きな落し物が、それももう見つからないだろうと思って完全にあきらめてた落し物。それが、ほんと、何年も何年も経ってしまったけど…ひょっこりと顔を出してきた。そして…ボクの手の中に戻ってきた。
「そっか…」
　テア先生。そうだ背の高い先生だったんだ。おしゃべりで、そしてよく笑う。見た目はちょっときびしそうなんだけど話してみるとそんなでもない。気さくで、いつもボクたちのこと気にかけていて…。
『いいですか？　南の石切り場。あそこへはあなた方小さい子供だけで入ってはいけません。必ず、誰か大人の人と一緒に行くんですよ？　危ないですからね…』
　気がつくと暖かいものが頬を伝っていた。それは拭っても拭っても止まることはなかった。

「記憶、というのは不思議なものだね」
　アレンさんが肉とパンを取り分けてくれる。ラン君がお皿を、エイミーさんがスープを注いでくれる。
「人間の頭の中でいくらでも好きなように作り変えることもできる。そしてそれを事実だと思いこむこともできる。でもどこかに目印…とでも言ったらいいのかな、関連する何か、ちょっとした言葉とかだね。そんな、ほんのちょっとしたきっかけで本当の、真実の姿を表すこともできる」
　ちょっと言葉を切る。優しい目でボクを見て…そしてエイミーさんを見る。小さくうなずくエイミーさん。
「じゃあ…続きを話しましょうか…ま、そんなにたくさんはないんですけどね」

「所長の話では石に登りきった辺りでマルティンさんの様子がおかしくなったそうです。ふらふらっと頭を揺らして…両手をついてしまう。そのうちぐらりと体が傾いて…なんとか手でつかまって落ちるのは避けたそうなんですが…」
「そこら辺りは？　覚えているかい？」
「…ちょっとそこまでは。てのひらが痛かったことは思い出したんですが…」
「そうです。そこで手をすりむいたのです。…所長はあわてて誰かを呼びに行く。まずは自分のお父さん。そしてマルティンさんのお父さんとテア先生に連絡が行って…石切り場に皆が着いた頃にはマルティンさんは下に落ちていたそうです。でも特に目立った傷なんかはなくて、それでもアシュフォド通りのお医者さんへ連れて行く…」
　ヨナタン先生のお父さんだ。そっか、やっぱりボクもお世話になってたんだ…。
「所長はずっとご自分を責めてたそうです。自分のせいでマルティンさんが…と。でも目を覚ましたマルティンさんはその時のことを全然覚えていなかったそうです…」

「今回あたし達にこの話をした理由は二つある、と言ってました。一つは石切り場の宝石の件。マルティンさんの方が先に知っていた、ということは多分詳しい情報はゲルンタージュの方にあるのでは？　ということなんだそうです。カラドリアで調べるよりもゲルンタージュで調べた方が有効なんじゃないか、と」
　そっか…ボクは父さんからこの話を聞いたはずだし。雑聞記の編集にもかかわっていた父さんなら何か知ってるかも知れない。
「そしてもう一つは…」
「それは、もういいです。多分ナスターシャの言いたいことは分かってますから」
　うん。もういいんだ。もう気にしなくていいんだよ、ナスターシャ。
「もう何とも思ってませんから、気にするなって、伝えてください。大体何年前の話だと思ってんだ、って」
「…分かりました。そう伝えておきますね…」

「しっかし…そうなるとよ…なんでお前、石の上でおかしくなったんだ？」
「多分だけどね。…アレンさん、ホピル草って、どんなとこに生えてるんですか？」
「ホピル草…？　ホピルの実がなるやつ…？　そうだね…」
　目を閉じて、ちょっと考えるアレンさん。
「温度や湿度はあまり気にしない方だね。寒くても暑くても、乾燥していても湿っていても大して気にしないで、日当たりが良ければ問題ない。でも狭い用土を好む、という変わった習性があるんだ。…例えば石の間とかだね。ほら、石のすきまに土がたまったりするだろう？　ああいうところを好む、という話は聞いたことがあるけど…」
　アレ？　というように首を傾げて見せる。
「もちろんイルトンランドにも生えてるし、ゲルンタージュにもあるだろうけど…おやおや？」
「あれって葉っぱにも実と同じような成分が含まれてるんじゃないですか？」
「うん。量は少ないけど、急いでる時は葉を使うこともあるんだけども」
「…ちょうど石の上に登りきった時に、多分生えてたんですよ。…ねえ、ラン君。女の子の前でカッコつけようとして目の前になんだかそれっぽい大きさの葉っぱがあったとしたら…？」
「ちょっと千切って噛んでみたり、とかか？」

「多分そういうことだと思うんですけどね…」
　そこまではっきりと思い出したわけじゃないんだけど。なんか、そうだったような気がする。

　明日になって、マリアのことも片付いたらそれでカラドリアでやることは全部終わり。そしたら帰れるんだ…そんなに長い間こっちにいたわけでもないんだけど、なんだかとても懐かしいなあ…ゲルンタージュ。