TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-2]

「マルティン様ー、アレン様ー、何やってるですか置いてくですよー？」
　と呼ばれてふとアレンさんを見ると、やっぱりいつものように笑みを浮かべてくれていたので…ちょっと安心したんだけど。どうなるんだかな…やっぱり気になると言えば気になるんだけど。

　一歩ずつゲルンタージュの中へと入っていく。うん。帰って来れたんだ。

　でもボクは頭の中で一昨日の前の日…さきおとといだっけ？…に宿屋を訪ねてきたハリーさんとランスさんの様子を思い起こしていた。ジャスミンさんの宿屋。リンゼイさんがラン君と一緒にあのカラドリア料理のシムシュやトレンボーを持って来てくれて、ちょっとした盛り上がりだったんだけど…。
「実はなかなかにやっかいなことになってね」
　とハリーさんが額にしわを寄せながら切り出したんだ。
「マーチンの奴がね。どうにもマリアの外出を許さないのだよ」
「マリアのお父さん、ですか…」
「あいつも結構意固地なところがあってね。こうなりはしないか、という心配があったのだが…どうにも的中してしまったらしい」
　でも、ボクにはなんとなく分かるような気はする。…あれだけ無理に結婚やめてしまったんだもんなあ…立場的に今すぐ外へ、てのはなかなか難しいんじゃないのかなあ…。世間体とかそういうのじゃないんだ。なんだろ、お父さん的には娘の行く末をどうしても案じてしまうんじゃないんだろうか…とかね。ボクくらいの年齢でこういうこと言うのは生意気かも知れないけど。
　…マリアに会いたくはないのかって？
　いや、まあ、その…会いたくないわけじゃない。会いたくないわけじゃないんだ。それはたしかなんだけどさ…なんか結構乱暴な手段をとってしまった、と言うか…よくよく考えてみたらあんな風に乗り込んで、あんなことまで言っちゃう必要があったのかな…って、ちょっと後悔してたりもするんだ。マリアの両親のこともあるしね。だから、その辺も含めてきっちり話をしてから戻って来て欲しいんだ。そしたらまた薬協支部設立に向けて思い切って行動できると思うし。
「代わりと言っては何だがね。…ジェイスンの家はすんなりとローガンとの婚約破棄を発表したよ。ジェレミー自らが会見したくらいだからね。こちらはもう問題ないと思うのだが…」
「はい」
「そこで、提案なのだがね。もう少し時間をくれないだろうか？」
　というのがハリーさんの考えだったんだ。時間が経てば少しでも考えが変わるかも知れない。状況だって変わるかも知れない。そうなったらまた違った返事が引き出せるかも…と。
　もちろんボクは「分かりました」と答えたんだ。それしか答えようがない、とも言うけどね。

「今、マリアはどんな感じなんですか？」
　これも気になっていたことだったんで、聞いてみたんだ。あいつのことだからそんな生活、我慢できないんじゃないんだろうか？
「見た目はね、大人しくしているようだよ。奥方のモニカもびっくりしているくらいなのだよ。…ただ…」
　ちらっと後ろに控えている執事のランスさんに視線を送る。一つ、うなずくランスさん。
「どうにも本心でないのが見え見えでね。マーチンとモニカが気づいているのか、あるいは気づいていても気づかないふりをしているのかまでは…分からない。でも成長して周囲のことを考えられるようになったのはたしかだと思うね。ルートセラーとして生活してきたことや君との出会いが彼女を変えたのだ、と私は信じているがね」

「レキシントン卿のことを考えていたのかい？」
　いつの間にかアレンさんがすぐとなりを歩いていた。ゲルンタージュの空は少し暗いみたいだ。カラドリアの方が空は明るかった…ような気もするんだけど、気のせいなのかも知れない。
「ええ…」
「僕はね、正直なとこ…怒らないでくれよ…初めて君と会った時、これは薬協支部設立なんか到底無理だろうな、と思ってたんだ」
　…。
「でも君の行動を見ているうちに設立は無理だ、なんて考えはどこかに吹っ飛んでしまったんだ。これはホントさ。今では設立はもう時間の問題だと思っているんだ。でも…」
「ジェレミーさんですか」
「それが大きいね」
　と、アレンさんはふと立ち止まる。その視線の先には、もう何十年も空き家になってて誰も住んでいない大きな屋敷。そしてその苔むして元の色が分からなくなってる壁に手をやる…。
「こういう手も打ってきてるからね」

『ミナハ薬店がゲルンタージュに戻ってくる！　薬協支部も同時に設立！』

　そう。このビラはすでに何枚も貼られている。ゲルンタージュに入った時から気になっていたんだ。…ボクのことを知ってる人ならともかく、あまり知らない人が見たらどこかよその人たちがゲルンタージュに薬協支部を作ることになったんだ、へー…とかそういうことになりかねない。
「そして…もう一つあるね」
「何です？」
「君のお兄さんとの約束さ。…あと金貨二十枚…かな？」