…置いてきぼりにされたような気がした…。
と、ジョンは言うんだ。ビラには彼の知らない店や人の名前が書いてあるし。自分を置き去りにしてどこか別の場所でそういうことを…と。
「あれは僕たちとはちょっと違う人たちが始めたことなんだ」
アレンさんにもそう言われて、やっと安心したみたい。
「うん、だから気にしないでいいんだ。ボクらはボクらでやれることからやっていくんだから」
ジョンはこれから店に戻ると言う。その大きな体を丸めるように歩き始める。
…どうしようかな。今こっちにはビーチェがいるし。ロバートさんと会わせたら会わせたでなんかとんでもないことになりそうな気がする。いや、それはそれでいいかも知れないなあ…とか考えていると
「でも、父さんはいない…忙しい」
忙しいって…
「最近店は、母さんとぼくばかり」
「ロバートさんは店に出ていなくて、マリーさんとジョンがいつも店番やってるの?」
と聞き返してみると、こくん、と大きくうなずく。…何か大きな仕事でもあるのかな。ギルマン商会は結構手広く品を扱ってるけど、たしか仕入れはロバートさんが一人でやってたはず。ああ見えて実は商品管理なんかは厳しいらしいんだ。奥さんのマリーさんは主に会計とか店内の管理とかやってるって話なんだ。仕入れや商品の管理は他人には任せないロバートさんが店を空けてまでやることって一体…?
って、多分、あれだ。ジェレミーさんの新築物件のことだ。
「それは、ロバートさんがどこかにずっと出かけているってことかい?」
やっぱりアレンさんも同じことを考えていたらしい。そしてやっぱり、一つうなずくジョン。
「マルティン君。奴らも動き出してるね、確実に」
「そうですね…」
改めて考えてみると…厳しい。もうすでにこんなところまで来てるんだ…。
「…何のお話ですか? ビーチェにはさっぱりさっぱり分からないです?」
そりゃあ…君には分からんだろうなあ…でもどう説明したらいいのやら。と、ちょっと困ってるとアレンさんがにこやかにビーチェに話しかける。
「ジェレミー・ジェイスン氏がゲルンタージュに新しい建物を作ろうとしているんだ。何の建物かは、分かるよね?」
「何か新しい事業でも始めたですか? ジェイスン社長?」
…おいおい。
呆れながらもアレンさんがなんとかビーチェに説明してるうちにカティ通りが目の前に現れた。今まで歩いてたのが細い裏道だったからやけに広く見える。それでも…なんかちょっとさびれて見えるような…いやいや、もうカラドリアと比べるのはよそう。ここはゲルンタージュ。ボクの生まれ育った町なんだ。
ここを曲がってカティ通りに入ればうちの宿屋へ向かうことになるし…真っ直ぐ進んでカティ通りを横切るとギルマン商会に着くんだけど…どうしようかな。ここからだとうちの宿屋よりもギルマン商会の方が近いんだよね。そんなにすぐってわけじゃないし今は荷物もあるんだけど…。
「ジョン、ギルマン商会に寄って行ってもいいかな? マリーさんに挨拶もしておきたいし」
と、言うとジョンはにこりと笑ってくれた。アレンさんも、そうだね、その方がいいね、と言ってくれる。ビーチェは…まあ、なんだかよく分かってないみたいだからとりあえずついておいで、とそういうことにした。
カティ通りを横切るとまた細い裏道。実はゲルンタージュってこういう裏道が多かったりするんだ。何せ古い町だしね。古い建物もたくさん残ってるけど古い道も残ってる。石組みの小さな階段…特に水が近いってわけでもないのに緑に苔むしていたりして、靴の音が普段より柔らかく響くような気がしたりして。道路の石畳だってすき間が広がっちゃって土が入りこんでしまってるところも多いんだ。そういう場所は雨が降ると水たまりになっちゃうから歩く時は気をつけないといけない。
こういう裏道でない、例えばカティ通りみたいに大きな通りだと定期的に補修したりしてるからそうでもないんだけどね。ああいう道は馬車が通ることもあるし。そこへそんな大きなすき間だとか水たまりだとかあると事故になったりするから補修は実は結構よくやってたりするんだ。時には通行止めとかそういうこともあったりして。同時に古い建物も直したりすることもあるから、大工さんとかそういう人たちってのはゲルンタージュにもたくさんいるんだ。
ただ…若い人はみんな町を出て行ってしまうから跡継ぎがあんまりいない、って話は聞いたことがある。やっぱりそういうとこはどんな職業でも大変なんだよね…。
裏道の裏道、ちょっと細い道を抜けると…うん、ギルマン商会のすぐ前に出るはず。ここはデイル通りと言って職人さんや大工さんが多く住んでる通りでもある。ギルマン商会は結構手広く商品扱ってて建築用の資材や道具なんかも売ってたっけか。だからここに店を構えたのかな…。
そう言えばギルマン商会の隣ってリンゼイさんの店があったんだっけ。でもカラドリア戻る時にサラ地にしちゃったって言ってたっけ…だからボクもギルマン商会の隣と言えば空き地、としか思ってなかったんだけど。