TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-7]

「カラドリア？」
　野太い声が聞こえたのはロバートさんの背後からだった。…ロバートさんの行動にはまるで無関心だったんだけど…。
「兄ちゃん、たしか大路地亭の坊主だったよな？　カラドリアに行ったってな、本当かい？」
「ええ、まあ…」
「そうかい。あっちはどうだったい？　やっぱりこっちとは違ってたのかい？」

　ロバートさんはどっちかと言うと細い方で（ジョンもそんなにがっちりしてる方じゃない、背は高いけど）こういう槌やらノミやらとんてんかんてんとやってる「現場」にはあまり合わない外見の人だったりする。でも手にしていた金槌を置いて、首にかけたタオルで汗を拭いながらゆっくりとこっちへやって来る男の人は…筋骨隆々として肩の幅なんてボクの何倍もあるんじゃ…と、そういう人ではなかったりする。背の高さも普通だし肩幅もボクと変わらないくらいじゃないかな。でも、歩き方は堂々としているし腕とか足とかは、筋肉がみっちり詰まってるんだなあ…って感じさせるように動いている。だからと言って素早く敏捷に動くこともできないってわけでもなさそうなんだ。…当たり前なのかな。だって、こういう現場って普通に生活してたら絶対お目にかかれないような高くて細い足場とかあったりするしね。ただ力がある、筋肉がある、ってだけじゃダメなんじゃないんだろうか。
　明らかに体を使うことに慣れている、って言ったらいいのかも知れない。本当に無駄のない体つきをしてるんだ。
　こういう体てのも憧れるけど…ボクなんかだと結構運動しないとダメなんだろうな。ただゲマ街道を行き来してるだけじゃ鍛えようもないもんだし。
「俺はずっとゲルンタージュなんだがな。どうだったい？」
「えっと、その、違うと言いますか何と言いますか…」
　うーん。その辺は、まだ、よく分からないんだけど…。
「マルティンボーイ、彼はマティアス・フラダールと言って、うちの現場作業頭なんだーね」
「…フラダール」
　どっかで聞いたような気がする。
「はっは。覚えてないか？　俺はまだ小さい頃のお前さんに会ったこともあるし、大路地亭の酒場は常連だったんだ。嫁さんもらってからこっちはご無沙汰だけどな」
　ええと…ええと…ここまで喉辺りまで出かかってるんだけどなー…ええっと…。

「ボリス」

　ジョンの一言。あ。そっか…思い出した。ボリス。ボリス・フラダール…そっと見てみるとジョンが一つ、うなずいた。
「あー…思い出しました。ボリスの一番上のお兄さん…」
　自然に手が前に出ていた。その手をがっしりと笑顔で握ってくるマティアスさん。
「おうよ。あいつは今はハイドシュタインだけどな。パン屋で修行中らしいぜ」
「へえ…」
「おやおや？　君の同級生の…お兄さんかい？」
「マルティン様のお知り合いのお兄様ですか、ビーチェはビーチェって言いますですよろしくお願いしますです」

　ボリス・フラダール。ボクやジョンとは同級生だったんだけど…それほど仲が良かったってわけじゃないんだ。
　でも勘違いして欲しくはないんだけど、ボクらの同級生って二十人いないんだ。いつも遊んだりしゃべったりする非常に近しい友人と、特にそうでもないけどお互い顔や名前はよく知っている友人、という風に自然に分かれてしまう。別に仲が悪いわけじゃなくてそういう距離感の違い？みたいなものがあるってことなんだ。だから向こうからしても『えっと…マルティン？』とかそんな風に記憶にとどめてる程度なんじゃないかな、と思うのだけど。
　ボクの記憶の中のボリスはいつも静かで本を読んでいる。どんな本だったのかなー…休み時間なんかにいつも本を読んでいたんだ。他の男の子はボール遊びなんかに行ってしまうのがいつもだったんだけど、ボクはあんまりそういうのが得意じゃなかったから行かなかった。ボリスも…そういう感じだったと思うんだけど。
「パン屋てのは結構重労働なんだと。だからあいつも今は結構がっしりしてるぜ。俺みたいにな」
　…変われば変わるもんなんだなー…あんまりそういう印象はなかったんだけど。

「ところでさっきの話だ。カラドリアはどうだった？　大分違うんじゃねえのか？」
「そりゃあ、まあ、違うと言えば違ってましたけど…」
　ビーチェもいるし、あの妙な違和感てのは説明しにくい。どうやって説明しようか…。
「マティアス。それではマルティンボーイに伝わらないのーね？　んん？　君の考えてるのはもっと違ったことなのだろうに」
　…お、ここで猛然と一回転、と。
「ねえ？」
　もちろんボクやマティアスさんは慣れてるから反応しないけど、アレンさんはやや反応、ビーチェは…少し慣れてきたかな。でもやっぱり奇妙な動物でも見るような目、してる…。

「ああ。そうですね。…実はな、なんかあっちから色々と来てるんだが、何をどう考えてるのかさっぱりでな。そこら辺、何か分かるんじゃねえのかと思ったんだが…？」