TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-8]

「色々、と言いますと…」
　やや真剣な表情のアレンさん。
「さっきロバートさんが言ってた細かい指示とかそういうのですか？」
「それもあるんだが…そうだ、良かったら見てもらえねえか？　坊主もそうだけどあんたもカラドリア帰りなんだろ？　それに…」
「ビーチェはカラドリア生まれなんです、はい」
「嬢ちゃんにも聞きてえ。…全くさっぱりなんでな…」

　何のことなんだろ…？　ボクらは案内されるままに現場に建ってるいかにも急ごしらえ…一時的に使うもんなんだそうで、工事が終われば解体されてしまうらしい…な小屋に案内された。壁がゲルンタージュでは当たり前の石造りではなくて板や丸太ってのがどうにも急ごしらえな気がする。でも、放っておいたら崩れてしまうとかそんな印象は全然なくて、むしろどっしりと落ち着いて見えたりもする。…そのまま残してもいいんじゃないのかなあ、てのはシロウト考えなのかな。でも、近づいてよく見ると材木の切れ端が出っ張っていたりするところがあったりするから、やっぱり間に合わせで終わってしまうものなのかも知れない。

　そんな小屋の中は思ってたほど汚くもないんだ。床は板を張り合わせただけだけど歩いてもへこんだりすることもないし。内装も壁が木っていうのを除けば普通の家とそんなに変わらないし。むしろきっちりと整理整頓されていて、道具とか資材とか、そういうのも即座に取り出せるようになってる。ロバートさんの趣味なのかな…いい加減に踊ったりしてるけど、実は結構こういうとこはしっかりしてる人だから。そうでないとこういう現場で責任者みたいなことなんかできないだろうね。
　マティアスさんは真っ直ぐに机の一つに向かうと…引き出しを開ける。
「ここいら…だな。全部そうだったか」
　と、つぶやきながら封筒を取り出していく。一つ…二つ…三つ…ええと。一体いくつあるんだろ、机の上には開封された封筒がそれこそ山のように積み上がって行く。
「こういうものがな、結構な回数あっちから来るんだ」
　封筒の裏にはやっぱりジェレミーさんの名前。
「送ってくるのだって結構大変だろ？　それなのになあ…そんなの、別にこっちにはねえってのになあ…」
　何のことだろ。中を見てもいいですか、と聞いて一つ手にとってみる。おうよ、というマティアスさんの返事。もうすでに開けてあって、中には一枚の薄い紙が入ってる。文面は、と言うと。冒頭は挨拶っぽい内容なんだけど本文は、と言うと…。

『福利厚生設備の設置について：現場で働く皆様への福利厚生として飲食や宿泊の低料金化を目指したく思います。つきましてはそちらで働く人員の人数、構成、要望などをこちらへ転送して頂きたく…』
『賃金について：すでにロバート・ギルマン氏へ規定の金額を送金済みではあります。明細も同時に発送しておりますが不都合やさらなる要望のある場合はこちらへの連絡を…』

　まあ、なんかこういう細かいとこはあの人らしいな、とボクなんかは正直に思ってしまったんだけど。いくつか封筒の中を見てみたけど、内容はほとんどが『何かして欲しいことはないか』ということばかり。そういうのは実際に体動かして働いてる人から見ればたしかに嬉しいことなんだろうけど…？
「なかなか親切なことだと思いますけどね、僕は」
　ちょっと表情がゆがんでるけどアレンさんも同じ考えみたいだ。
「こういう風に上から意見を聞いてくる、というのはちょっとできないことですし」
「そりゃあ、俺らだってそういうのを嫌だと言ってるんじゃないんだ。ただな…」
　ボクがさっきまで見てた手紙にちらっと目を通す。
「飲食やら宿泊やらって言われてもな…ゲルンタージュの大工連中てのはみんなゲルンタージュに住んでるんだ。いくら安くするって言われたって俺らにゃ自分たちの家もありゃメシ食うところだってある。別に安くしてもらう必要なんかねえんだ。給金のことにしてもそうさ。俺らはロバートさんを信頼して金もらってるんだ、特に不満も不平もねえよ。…別にこれ以上どうにかして欲しいことなんかねえのさ」

「うん。そのへんーはうちも同じなのーね。注文がたくさん来るのはいいのだけど…そりゃ、カラドリアのやり方であって、ゲルンタージュとは、ちょっと、違う、ように、思うのねー？」
　くるくる回ってるけどロバートさんもちょっと心配そうだ。
　あ…そっか…カラドリアでジェレミーさんが言ってた『活気が足りない』てのはこのことなんだろうか。こちらからの問いかけに対して返答が少ないとか。そういうことなんだろうか…？　でもそれって…
「相手がゲルンタージュのことをよく知らない、ということでしょうね。仕方ないでしょう、ジェレミー・ジェイスン氏はほとんどカラドリアを出たことはないと聞いています。…ビーチェ君、カラドリアから見たゲルンタージュの印象って、どんな感じかな？」
「そうですね、ビーチェが思ってたのはあんまり人もいないような、とても牧歌的でのどかな田舎町ってとこです」
　なんか若干失礼なこと言ってるような気もするけど…。
「なるほど。そういう町で何かするならカラドリアのような先進的で洗練されたやり方を導入しないと進まない…とでも思ってるんでしょうね。だからこういう手紙がたくさん来る…と僕は思いますね」

　分かるような気はする。たしかにあの色々と速いカラドリアから見ればゲルンタージュなんかまだまだってことになるのかも知れない。でも…。