TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-16]

　でもそれからマリアの奴、馬がないことに慌てちゃって。…そうなんだ、ハインツ兄やアレンさんがカラドリアに馬で向かってること、全然知らなかったんだ…こいつ。
　当然あの三人はもうハイドシュタインへ向けて発ってしまっている。時間的にはもう昼過ぎ。さすがにまだ着いてないと思うのだけど…ぐずぐずしてられない、ってことでマリアは本当に大慌てでとりあえずハイドシュタインへ向けて発つことになってしまった。歩きだと…今から発つと着くのは夜中になってしまう。でもあっちの宿屋のロベルトさんかフレデリクさんはそんな時間でも起こせば起きてくれる人だから、そこでちょっと休憩してから馬雇ってでも急いでカラドリアへ向かう…と。
　もちろんヘルガ義姉さんとタミィ義姉、それにビーチェまで止めたんだけど。父さんまで心配そうな顔だったんだけど、どうにもこいつは一度言い出したらきかないからなあ…「やりたいようにさせてやってよ」とボクがなんだか説得するような形になってしまった。
「お前がそう言うのなら…それでいいのかね？　本当に？」
「はい。突然おじゃまして申し訳ありませんでした」
「何、構わないよ。うちの息子と仲良くしてくれて、こちらこそありがとうと言いたいね」
「いえ…アタシの方こそマルティン君にはお世話になりっぱなしで」
　こういうやり取りができるってのもやっぱり家ってもんなのかなー…。

　ヘルガ義姉さんがあの鹿肉をサンドウィッチにして持たせてくれてる。クイトも持てるだけ持たようとしてる。スープだけでも飲んでいきなよ、って…タミィ義姉、そりゃあちょっと無茶なんじゃ…。ヨハン兄まで「イッキ、イッキ」とかはやし立てないでよお…。
「あ、あの、アタシがこんなこと言っていいのか分かりませんが」
　またぞろちょっとお祭り騒ぎっぽい状態。そんな中でも父さんは静かに籐椅子に座ってるんだけど…。
「その、マルティン君はしっかりやってます。金貨の方も貯まってきています。どうやって稼ぐか、というのもきちんと考えてます」
　いきなりこういうこと言い出すものだから、みんな、しん、となってしまう。…そうだ、金貨の件もあったんだ…。
「だから…」
　何か言いかけたのを手を上げて制する父さん。
「大丈夫。君やアレンさんの様子を見ていればうちのバカ息子がちょっとは変わったことくらい分かるよ」
　…バカ息子かあ…ま、そりゃそうだけど。
「向こうでうちの長男とアレンさんに会ったら伝えてくれないかね？　薬協支部の場所は約束どおり提供するって。君から伝えた方が早いだろうし、何より喜ぶだろうしね」

「え、えっと、それって…」
「何うろたえているんだ、マルティン。ほら、マリアさんを見送りしなさい。さあ」
「ああ。うん…」
　父さんに押されるように向き合ったんだけど。
「じゃあ。またね。マルティン。…必ず戻ってくいるからね」
「うん、えっと…待ってるから」
「…うん」
　何をどうしたらいいのかな…と思ってたら。マリアがしっかりとボクの手を握ってきた。握手…そっか、そうだよな。ボクもしっかりと力を込めて握り返した。

「じゃあね」
「う、うん。また」
「…うん。またね」

　ちょっと恥ずかしいんだけど…正直なところ、手を離したくはなかった。この柔らかい…ってこともないか。ルートセラーってのは色んなもの触ったりするからどうしても手が荒れるものだって、姉さんが前に言ってた。逆に言えばそういう普通の手のままのルートセラーってのはきちんと活動してないから信用できないって。…マリアの手はあちこち固くなってた。触ったことないけど多分同じ年頃の女の子はこんな手をしていないと思う。
　でもボクはそんな手の方が好きだ。だから離したくなかったんだけど…ボクの言い出したことでもあるんだ。だから…なんとか笑って見送ることができたんだ。

　…そう言えば。
　なんで父さんはゲルンタージュ雑聞記のことやリンゼイさんと知り合いだったってこと、ボクに言ってくれなかったのかな…と聞いてみたんだ。カラドリアに行くってことはもちろん父さんは知ってたわけだから、その時に教えておいてくれても良かったんじゃないかな、と。特にリンゼイさんのこととか。
「そりゃお前…お前が聞いてこなかったからだ。あっちでリンゼイさんに会ったのか？」
「うん」
「元気だったか？」
「うん。良くしてもらったよ」
「そうか。ならいい。…さあ、今度はお前が頑張る番だ。しっかりやれよ」
「…うん」