TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-19]

　そんな中でも塔が立っていてさらに怪しく見えるのがこのお店。
「倒れてこないですか？　この塔大丈夫ですか？　ビーチェなんだか心配です」
「多分大丈夫だよ。さ、行こうか」
　いや多分て。ボクがここに来るようになってからでも倒れそうだ、とかそんな話は聞かないもんなあ…うん、大丈夫なんだろうよ、と言うかそんなこと全然考えたことなかったのだけど。よその地方では『地震』とか言って地面が大きく揺れることがあるんだそうだけど…ゲルンタージュ周辺じゃあそんな話聞いたことないしね。ハイドシュタインやカラドリアでもそんなもんじゃないのかな、と思うけど。

　ドアを開けてみる…カウンターがあって陳列棚があって。応接用のテーブルセットがあるのも変わってない。この、入った途端に鼻に、つん、とくる匂いも一緒だ。なんて言うのかな…薬の匂いとも違う、古い葉っぱの匂いと言うか乾いた木の皮の匂いと言うか。でもそういうのとはちょっと違ったカラシみたいな匂いだったり甘い花みたいな匂いだったり。そういうのとホコリが混ぜこぜになった、と言うか…それでもなんか足りない気がする。とにかく色んなモノが混じってるんだけど、これを嗅ぐと、ああ…姉さんの店だな、って言うのがとても実感できるんだ。あり得ないことだけど、例えば店だけそっくりどこか別の場所へ引越ししたとして。そこへこの匂いだけ完全に移すことができたら引っ越した、なんてこと分からないかも知れない。そこまでしみついているんだ。
「誰もいないですね」
「うん…」
　木のカウンターの上には小さなメモがある。
『ちょっと出かけてきます。すぐに戻ります』
　そう言えばエマがいつも出かける時に持って行く黒いカバン。あれがどこにもないや…二人とも出かけてるんだ…。

　とりあえずテーブルの上にカゴ三つを置くことにする。…いやあ、重かった…てこともないんだけどね。
「うわあ…色んなものがあるです…」
　こわごわ、でも興味深そうにあちこち棚をのぞいていくビーチェ。
「ミナハの本店だって結構色んなものがあったと思うけど？」
「でもでも。本店の場合はきちんと整理されてて担当も細かく決まっているです。ビーチェはまだまだ新米の駆け出しでしたですから、あんまりたくさんは触れなかったです。だから、こんな風に色んな種類の薬草だとか木の実だとかってのは、それほど見たことないです」
　あ。そんなもんか…。
「…三番店は、ちょっと、小さいですから色々見れたですけど」
「シャーマニーさんのところか…」
「はいです。ここは、なんだか三番店に似てる気もするです」
「へえ…そうかな？　どこが？」
「ちょっと狭いとこです。はい」
　…うーむ。そんなもんだろうか。ボクから見たら三番店の方がよっぽど広いと思うのだけど。だって、ここは十人も入れないような広さしかないってのに。あっちはもっと入れたんだけど。

　まあ、この店だって見た目はこんなんだけど倉庫は広いからね。…倉庫と言ってもどこか別棟があるわけじゃないんだ。地下室がとても広いものだからそこを倉庫にしてるのだけど。地下というのは温度も湿度も一定に保ちやすいので重宝するって姉さんが前に言ってたことがある。ヘタしたら湿気がこもっちゃって大変な場合もあるんだけどね、って笑ってたこともあるけど。ここはそういうこともなく（ゲルンタージュの気候によるところも多いのかな？）倉庫として十分な場所なんだ。
「まあ、地下に倉庫もあるから。実際はそれほど狭いってわけでもないんだけどね」
「はあ…そうなんですか、なんだかビーチェ楽しくなってきたです」
　…楽しいって…何が？
　と思ったけど、前以上ににこにこしながらあちこち見て回るんで…ボクもどうでもよくなってきて、そこらの帳簿とかのぞきこんでいた。相変わらずエマの字は丁寧で細かい。こういうのは性格出てくるもんなあ…。

　そこへ誰かドアを開けて…あ、帰って来たのかな…あれ？
「あれれ？　マルティン君じゃない。体は大丈夫？」
「シルヴィさん…？」
「なあに、帰ってきてたのー？　メリッサがねえ、なんかだーいぶ心配してたよー？　ダメだよあんまり心配かけちゃー」
　と何か大きなカゴをテーブルの上に、どん、と。

　シルヴィさんはお医者のヨナタン先生のところで働いてる事務のお姉さんなんだ。ヨナタン先生がきちっとしてるのと逆で結構ぼうっとしてるので大丈夫なのかな、とか色々噂されてたりするんだ。