TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-21]

「ん？　だからねー…今のうちに持って行きなさいって先生が」
「今のうち…？」
「あー…そっかマルティン君知らないんだ。メリッサねー、今ゲルンタージュにいないのよ？　マーシャンダイツ行ってるの。エマちゃん連れて」
　…なんでまた…？

「えっとね、なんだっけ、んーとねー…そう、友達。お友達が来てね、急に手伝ってくれってことで。すぐに戻るみたいなこと言ってたけどマーシャンダイツだもんね、ちょっとかかるんじゃないのかな？」
　マーシャンダイツって、たしかアレンさんの奥さんがいる町で…そうだ、前に姉さんがそこの薬店に勤めてたんだっけ。でもハイドシュタインやカラドリアよりもかなり遠いんじゃ…？
「ビーチェ知ってるですマーシャンダイツと言ったらここからカラドリアまでより何倍も何倍も遠いです」
「そりゃあボクでも知ってるけど…」
「ひと月くらいかな？　あっちへ出向かなきゃなんないんだって。メリッサも大変よねえー」
　それのどこが『ちょっと出かけてきます。すぐに戻ります』なんだー…。ちょっとじゃなくて大分じゃないかー…。

　まあ、姉さんはいつもそんな感じなんだけどね。一つのことに目が行っちゃうと他が目に入んないと言うか。
「…せっかくビーチェを紹介しようと思ったのに」
「ですです。ビーチェとってもとっても残念です」
「代わりにお姉さんと知り合いになったじゃないー」
「あ。それはとってもとっても嬉しいです」
　…とか何とか妙なやり取りしてる二人を店に残して、ちょっと奥へ入ってみる。昔はよく入ったもんだったんだけど。最近は…あ、そっか、倒れた時にここへ入ったっけ。

　店の奥…カウンターの横にドアがあってそこから入る…はちょっとした台所になっていて、姉さんが普通に使ってる仕事部屋もある。さらに奥には階段があって二階へと続いてる。二階にはいくつか部屋があって姉さんとエマの部屋もあるんだけど…いくらボクでもそこまで入ったことはない。他にも物置みたいになってる部屋もあって、そっちは何度か入ったことはあるんだけどね。
　奥の台所は以前、ボクが簡易寝台で寝ていたところ。元々姉さんが一人で使う予定だったらしいからそんなに広くはない。あの時は簡易寝台でいっぱいだったけど、今はテーブルがあって椅子が二つ、きちんと収まっている。姉さんとエマはここで食事をするからなんだ。だから…食堂兼台所、と言ったところになるのかな？　棚には色んな調味料やちょっとした食材なんかがきちんと並んでいる。…姉さんじゃないな、これは。エマが並べたんだろう。よく見ると台所の片隅には小さな踏み台がある。これで一生懸命並べていったんじゃないのかな。
　テーブルの上には当然だけど何もない。やや汚れたテーブルクロスがふわりと乗っかっているだけ。

　ボクがいた頃も姉さんはほとんど料理なんかしなかったんだ。台所は酒蔵みたいな状態になっちまってて、ぶどう酒やらウィスキーやらのビンがたくさん並んでいたものだった。…転がっていた、んじゃないのかって？　姉さんって、ホント変なところで凝る人なんだ。酒好きでも酒ビンがあちこちに転がったりしてるのは許せない…とか言って飲んでないビンはもちろん、飲んだ後のもきちんと並べておいて注文取りに来る酒屋さんに渡すのが普通だったんだ。
　なんで酒ビンの状態にそんなにこだわってたのか。それは今でも分からない。酒好きな人ってのはそういうもんなのかも知れないのだけど…他の人から見たらどうでもいいことにやけにこだわる、とか。
　ま、酒ビンはそうでもその他はいつものだらしない姉さんだからね。このテーブルだって皿やら鍋やらが乗り放題で、食事のたんびに少しずつずらして食事をとるような有様。その食事は…と言うとボクがほぼ毎日うちから持って来たものだったんだ。…ヘルガ義姉さんが掃除に来たこともあったっけなあ…ボクが中等学校に上がってなんだかんだで忙しくなるくらいまでそんな感じだったんだ。

「懐かしいのー？　マルティン君ー？」
「いえ…まあ、ちょっと」
　シルヴィさんも知ってるはずなんだけどね。あの頃はお医者のヨナタン先生はまだゲルンタージュにはいなくて、先代のニコラウス先生だったんだ。シルヴィさんはお母さんとお姉さんが医院で事務やってた関係で、やはり医院で働いているんだけど…正式に決まったのはヨナタン先生に代替わりしてからだったんだ。でも、よく手伝いなんかしていたからお互いに昔からよく知っている。実はヘルガ義姉さんとほぼ同年代で姉さんやタミィ義姉より年上だ、というのはなかなか信じてもらえないけど事実だったりする。
「ねー、大分変わったでしょ。君がいた頃から」
　そう言われてみるとなんだか大昔のような気もするな…。
　ビーチェもとことこ入ってきて珍しそうにあちこち見ている。
「でもまだまだ変わるかも知れないよー？」

　…何が？