TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-24]

　ヨナタン先生の医院はそのアシュフォド通りでもさらに『異端』な作りで知られている。…屋根にちょびっと出っ張りがあるくらいで庭にも何もない、ホントに『普通』な家になっているから。あ、でも門のところにまるで守護でもするみたいなヘンな形の彫刻があったっけ。あれくらいで後はホントに『普通』なんだ。だから逆にここでは目立ってしまうんだけども。
　それでもアシュフォド通りって結構そんな家が多いしね。だから本当はそんなに目立ってないのかも。…そう言えばなんで同じゲルンタージュ内でも、通りによってここまで雰囲気違ってきちゃうんだろうな…やっぱり住む人によって違ってくるのかな、こういうのは。

　やっぱり門のところにヘンな彫刻二体。ボクらを出迎えてくれる。…どんな彫刻なんだ何が一体ヘンなんだ、と聞かれるとちょっと困ってしまうんだけど…どう説明したらいいのかな。一番分かりやすいと言うかそのまんまズバリなのは『祈ってる人と威張ってる人』てとこかな。…あ、でもこんなんじゃよく分かんないよね。ボクにはこの二つはヒトに見えるんだけど…ジョンなんかは「馬」って言ってたし。どんな馬か、って聞いたら『なんか二頭で楽しそうに遊んでる』って言ってたし。
　うーん…どう説明したらいいかな。そうだ、ビーチェに聞いてみよう。先入観ない人が見たらどう見えるんだろう？
「え？　これですか？　これって樹木の精霊とかそういうのではないのですか？　こっちが根元の精霊でこっちが幹の精霊で…」
　そんなのがあるのか、カラドリアには。そもそも精霊ってどんな形してるんだろ…？　この形は精霊の形、なんだろうか…？
　ついでにシルヴィさんにも聞いてみる…。
「これー？　これね、ずっとずっと前からあるのね。でねー…何だろ、あたしはてっきり果物の盛り合わせが二杯あるって思ってたんだけど…違うのー？」
　…やっぱり分からない。まあ、どうでもいいのかも知れない。こういうのはホントは。

　医院には先生の他に患者さんもいるようで、シルヴィさんが『外出中：用件は直接先生に』と書かれた札を窓口から引っ込めながら事務室のドアを開けながら、人差し指を一本、唇の前に立てたりする。でも楽しい隠し事でもするみたいな笑顔なもんだから…あんまり深刻そうには見えない。
　事務室の中には当たり前だけど事務机が一つ。それとは別に大きなテーブルがあるからそこへ籐カゴを三つ、置く。…これでいっぱいにならないくらい大きいんだ、このテーブル。他に椅子もあるんだけど普段はシルヴィさんが向かう事務机しか椅子は使わないからこの事務室は大きなテーブルと壁一面の棚。そして壁の一部をくり抜いて玄関に向いてる窓口…そこにぴったりくっつけてる事務机と椅子、が家具の全部になる。シルヴィさんはここに通ってるんだけど（実は家は隣り）泊り込む時のための部屋もある。事務机の上は意外と（失礼）きれいに片付いている。何か書類みたいなものが一枚だけ乗っているけどそれ以外はペン立てと…ピンとか吸い取り紙とか色々と文房具があるんだけど小さな箱にそれぞれがぴっちり収まっていて、ずいぶんと整理整頓された印象を受ける。
　…ボクの部屋とは大違いだ…ああ、そろそろあそこもどうにかしないといけないなあ…。
「ちょっとやりかけの仕事あるのー…少しだけ待っててもらえる？」
　と言ってシルヴィさんは事務机に向かって何やら書類に向かってしまう。
「先生もね、もうすぐ診察終わると思うの。うん、そしたらみんなでお茶しながらお話聞きましょう？」

　何ということもなく事務室の中を見回していたんだけど。
　ビーチェも物珍しそうに辺りを見回していたりする。時々「ほえー」とか「ほー」とか「はー」とか聞こえてくるのは何に感心してるんだろうか。ここは事務室であってヨナタン先生が診察する診察室じゃないからあんまりお医者っぽい？ものはないんだけど…。
「マルティン様」
「なんだい？」
「ビーチェ、なんだか懐かしい気がするです。気のせいでしょうか？」
「…さあ…」
　医者にかかったことがない、って人はそうそういないだろうからこういう雰囲気はある意味懐かしいんじゃないのか、とは思うのだけれど…。
「昔、父が医者だったらしいです。だからでしょうか…懐かしいのは」
「……」
　ビーチェのお父さんって、たしか…離婚したんだよな。ビーチェが生まれた頃に離婚した、って言ってたけど…。
「よく覚えてないですけど」
　てへ、と笑みを浮かべてみせる。ボクは…どういう風に答えてあげたらいいのかよく分からなかったので、ビーチェの頭をなでてあげたんだ。ちょっとびっくりしてたけど…ビーチェはやっぱり笑みを浮かべたままだったんだ。

　そのうち窓口に今まで診てもらってたらしい、おばあさんが来て…あ、スペリオ通りのウラばあさんだ。娘さんがいて、もう子供もいるんだっけ。もの静かな人なんだよな…。
　患者さんがいなくなった、ということでシルヴィさんがヨナタン先生に声をかけに行ったんだ。…すぐに戻ってきて診察室までいらっしゃい、って。別にどこも悪くないのに診察室ってのもなあ…とか思ったけどビーチェと行くことになったんだ。