TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-25]

「久しぶりだね、マルティン君。体はどうだね？　…うん、筋肉も付いてきて、なんだかがっしりしてきているじゃないか。よく動いてる証拠だね」
　診察室の椅子に座ってるボク。いや、体のどこかがおかしいわけじゃないんだけど…なんか緊張するなあ、こういうのは。
　ヨナタン先生はいつもと変わらない物静かな柔らかい笑顔で応対してくれる。コワイ人、というイメージを持ってる人もいるらしいけど…それも真面目さから来るイメージなんじゃないのかな、と思ってしまう。ヘルガ義姉さんがエトヴァルト連れて何度かここへ来てて、その付き添いで何度も来てるんだけど、きちんとした人だからこそ時々怖く見えるんじゃないのかな…とか思ってしまう。すごく細かいところにまで気を配ってくれるし、いつもみんなを見守ってくれていて、ホントはとっても優しい先生なんだ。
　で、ボクの後ろに立ってるビーチェを紹介して、ビーチェにも紹介して。
「シルヴィ君もいる、ということは…メリッサとは話したのかね？」
「いえ、先生。メリッサは留守だったんですー…」
「留守？　そうか、ふむ」
　とん、とん、とん、と木の机を指先で軽く叩いている先生。
「でも頼まれた物は全部置いてきてー、但し書きも置いてきましたけど」
「なんと書いたのかね？」
「『シュタウフェン医院より愛を込めて』って」
　それを聞くと、先生、にやっと笑うんだ。なんかどっかで見たような目で…あ、姉さんが先生の話する時の目に似てるんだ…。
「…ふふ。それはいい判断だったね」
「先生ならこうなさるかと思ったんですよー」
「後でメリッサが怒鳴り込んで来るかも知れないが、まあ、それはその時、ということだね」
「はい」
　…息合ってるなあ、やっぱり。性格的にはとても合いそうもない二人なんだけどなあ。

「ではマルティン君。そして…ビーチェ君。明日なのだけれど、時間はあるかね？」
「明日…ですか」
　特にすることもないかな。アレンさんやハインツ兄が戻ってくるには早すぎるし。マリアは…もうちょっとかかるだろうし。
「大丈夫です。…ビーチェ？」
「はいですビーチェも大丈夫です」
「…何かあるんですか？」
「うん。君たちをホルトホーフェン伯に会わせようと思ってね。これから手紙を書くから…先方も多分大丈夫だと思うんだ」
　そう言うと引き出しから便箋を取り出してすらすらと。それから別の引き出しを開けて、何か探して…
「先生、上質の封筒ならも一つ下の引き出しです」
　シルヴィさんが片膝ついて下の大きな引き出しから真っ白い封筒を探し出したりしている。
「ありがとう」
「これが封蝋ですー」
「うん」
　先生は書き上げた便箋をその上質な封筒に収めると、封筒のふたを丁寧に合わせて…その合わせ目に赤いロウ？みたいなの（これもシルヴィさんがまた探し出したんだ）を乗せて文鎮？みたいのでぐりぐりと押して固める先生。
　えー…そこまでするのかな。こんなことまでする手紙なんて、見たことない。ゲルンタージュじゃ手紙、ってのは自分とか身近な誰かが直接持って行くものだから封筒のふたなんかしない場合も多いし。ふたをする時だってのりか何かでちょちょいってのがほとんどだし。

　ボクが妙な顔をしてるのに気づいたんだろうか。先生は照れくさそうな笑みを浮かべてしまう。
「いや、普段はこんなことまでしないのだけれどね。相手方からは作法通りの手紙が来たのだし、こちらからも同じように返すのが礼儀なのかな、とね。…だから二人ともそんな珍しい物を見るような顔をしないでおくれよ、恥ずかしいじゃないか」
　…ボクだけかと思ったらビーチェも「ほえー」と口を半開きにして見入ってたんだ。まあ、こんな手紙はカラドリアでもさすがに見ないんじゃないだろうか。そう言えば『はいたつ』とかそういうシステムが出来上がってるんだっけ、カラドリアは。じゃあ、なおさらこういうのは見ないのかも知れないなあ…。

　先生はその手紙をシルヴィさんに渡すとホルトホーフェンさんの家に届けるように、と頼んでしまう。そして明日の朝には返事が来るだろうだから、昼くらいに医院へ寄ってくれないか…と。
「分かりました」
「念のため正装してきて欲しい。面識があるとは言っても相手が相手だからね」
「はあ…」
　正装なんかあったかな。ラン君にはサーナってのがあったけど。
「先生も久しぶりにイイの着るんだよー？　マルティン君もビーチェちゃんも頑張ってねー」
　まだ行ってなかったのかシルヴィさんがドアのすき間からにやにやしてる。んん、と咳払いして、早く行きなさい、とでも言いたげに手で出口を示す先生。
「まあ、そういうことだから…頼んだよ？」