TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-27]

「ビーチェ、ちょっといいお洋服持って来てるです。あれでいいですか？」
　このコはなんだかそういうのまで持って来てるみたいで、夕食の後にこんなことを聞かれてしまった。あれ、と言われてもどんなのか分からないんだけど。
「後でヘルガ義姉さんにも見てもらおうか。それなら失礼もないだろうし」
「はいです」
　ちなみにビーチェはとりあえず、ということでしばらく宿の方に泊めることになったんだ。これからゲルンタージュに住むんなら他に住む場所を見つけないといけない。でもすぐに…ってわけにもいかないもんね。多分またヨハン兄辺りが張り切っちゃうんじゃないだろうか。アレンさんの住むところはもうすでに押さえてあるとかそんなこと言ってたけど…当人が今いないから、どうなるかまだちょっと分からない。アレンさんは行商ルートセラーだから、薬協支部の件が一段落したらまたどこかへ行っちゃうのかも知れないんだし。
　でもそのアレンさんみたいにビーチェからお金とるのもどうかなーってとこなんで（あのコは払うって言ってくれたんだけどね）今は使ってない部屋の一つを無料で貸し出すことになったんだ。発案したのはヘルガ義姉さん。たしかに…うちはかなり古くから宿屋やってるからぼろぼろになっちゃって使えなくなってる部屋もあるにはある。部屋によっては雨漏りとかすきま風びゅうびゅうとか、とてもじゃないけど人が泊まれるような状態じゃないのもあるんだ。もちろん、ビーチェにはそんな中でも一番マシなとこを用意した、んだけど…普通の人にはあんまりオススメできないような部屋になっちゃった。それでもビーチェは喜んでいたけどね。何でもこれまでの生活が生活だったしミナハでは寮暮らしだったしで、一人部屋というのを経験したことがないんだそうだ。

　…って、ボクはどうしようか。いや、部屋じゃなくて正装のこと。たしか部屋の物入れの奥の方に…なんかの時のために仕立て屋さんに作ってもらった、とかそんなのがあったような、ないような…？　ということで資料の山をかき分けなんとか物入れのドアをこじ開けて。ドアの前にもたくさん積んじゃったからね、それを一旦どかさないと開かないし中も見れないんだ。
　うえ…ここしばらく開けてなかったもんだから何が何やら。コレなんか幼年学校の頃のテストじゃないか。なんでこんなところに放っておいたんだ？　ボク？　他にもずっと着なかった服とか意味不明の箱やら。まあしばらく開けてなかったからこんなもんかも知れないのだけれど。でも…肝心の服がなあ…見つからない…。
　仕方ない。ヘルガ義姉さんに聞いてみよう。もう時間も時間だから部屋に戻ってると思うんだ。
「ええっと…仕立て屋さんに作ってもらったの…？　それってかなり前じゃないかしら」
　エトヴァルトはもうとっくにおねむの時間で、小さなベッドで小さな寝息を立てている。ヘルガ義姉さんは今まで寝かし付けていたらしい。だから指を一本、口の前にそっと立てて小声でこっちへ来なさい、と自分たちの部屋の外へと招く。

「うん。大分前だったと思うけど…」
　ボクの部屋へ向かう途中。これからちょっとした大捜索でもしてみようか、と。
「だったら…もう着られないんじゃない？　あなたくらいの年頃ってすぐにお洋服小さくなっちゃうから」
　あ…たしかに。
「正装ね。…そうね、お義父さんのお古かうちののお古がどこかにあったはずよ。それでもいいのかしら？」
「えっと…多分…」
　体格的に合うのかな、そういうのって。父さんは結構がっちりしてるしハインツ兄は背が高いし。…そんなボクの気持ちを見透かしたのかヘルガ義姉さんは、ふふ、と笑みを浮かべる。
「寸法はね、どうにでもなるものなのよ、こういうのは。マルティン君が別に構わない、って言うのなら明日までに仕立て直しておいてあげるけど？」
「もちろん。それで問題なければお願いします」
「分かったわ。…明日の朝でいいの？」
「先生のところには昼ごろ行くことになってるんです」
「じゃあ、それまでに間に合わせたげる。…さ、もうお休みなさいな。明日も色々あるんでしょ？」
「はい。…お休みなさい」
「ん。お休みなさい」
　ということでどうにかなりそうにはなったんだけど。

　今日は一日色々あって疲れてるから早く眠れるかな、とか思ってたんだけど…疲れすぎると逆に眠れない、なんてこともあるんだそうだ。そういうことなのかな？　なんだかちょっと寝付けない。もうみんな自分の部屋で休んでいるし今日は泊まりのお客さんもいないから宿屋の中も静かなもので、聞こえるのは庭木が風に揺らされるかすかな葉音くらい。窓からは白い月光が部屋の片隅に入り込んできていて、少しは明るい。漫然と積まれた例の資料の山を照らしているのが横になったままでもよく分かる。やっぱりそろそろどうにかしないといけないよなあ、これだけ部屋を占領されちゃうと何かと不便だし。ふう。
　…ちょっと、水でも飲んで来ようかな。
　そしたらよく眠れそうな気がする。ということでボクはそっとベッドを抜け出したんだ。