TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-29]

　医院を出て三人で歩く。行く先はもちろんホルトホーフェン伯の家。
　ボクなんかはちょっと首に違和感あったりするけど、先生はどうなのかな？　ボクもそうだけど普段はあんなに襟の閉まる服なんか着ることないんだし。ビーチェは…いつもとかなり格好が違うわけだけど、足元とか大丈夫なのかな…と思って振り向いて見たけど別になんともない、って顔で歩いているんだ。「どうかしたですか？」って受け答えまで普通だし。うーん…女の子はやっぱ違うってことかな…。
　しかし伯爵様かあ…いいんだろうか、ボクなんかが会っても、とか思っちゃったりするんだ、やっぱり。知り合いなんだけどね。何と言うか身分とかそういうのもなんだか気になっちゃって。あ、でもマリアもジェレミーさんもカラドリアじゃ貴族なんだよね。てことは…そんなに緊張しなくてもいいってことなんだかどうなんだか。

　道すがら先生は襟の辺りをしきりに気にしながら（指でちょっと広げてみたり、とかね）面白い話を聞かせてくれたんだ。面白い、と言うよりも…意外だったと言った方がいいかも知れない。
「君たちはバズハイム王国特有の『土地監察法』という法律を知っているかね？」
「えっと…とち、かんさつ…ほう、ですか？」
　聞いたことないなあ…。振り返って見るとビーチェも小さく首を横に振っている。
「はは。学校でもまずやらない話だし、ビーチェ君なら知らなくて当然かも知れないね。これはバズハイム王国では結構あちこちの都市で有効な法律でね、これから訪ねるホルトホーフェン伯にも非常に深く関係しているんだ」
　ととと、とビーチェが後ろから小さく駆けて来てボクの横に並ぶ。先生の後を二人、それこそ生徒みたいな感じでついて歩いて行くことになる。

「そもそもはバズハイム王国がその版図…領土が広くなりすぎてしまったことに由来しているんだ」
　王国の成立はかなり古い…というのは授業でもやった気がする。元々は三人の兄弟が統治していたらしい、とかね。そういうところは歴史の授業でも習ったんだ。ゲルンタージュが栄えるもっと前、ゲマ街道や複数の街道を整備することで『王国』というカタチを成していった…というのは…中等学校だったかな。カリナ先生に教わったはずだ。
　でもその後ゲマ街道は見捨てられさびれて行ったんだけど…。
「そう。そこでちょっとした問題が起きたんだ。町がさびれて行ってしまう、ということは人の数が減ってしまう、ということでもあるんだ。実際、ゲルンタージュの今の人口は最盛期の三分の一以下になっているという統計もある」
「それはみんなよそへ行ってしまったということですか？」
「そういうことになるね。例えばカラドリア、今ならさらにハイドシュタイン、そしてさらにバイパスを抜けた他の都市へ行ってしまった人たちも多いね」

「たしかに…カラドリアにはよそから来た人って多いですです」
　ビーチェもそうなるのかな。当人はそうじゃなくてもそもそもの出身はカラドリアじゃなくって…とか。考えてみたらミナハの人たちだって大昔によそからやって来た人たちが先祖なんだしね。
「うん。カラドリアはそうやって発展してきた都市ということになる。けれどゲルンタージュを含むバズハイム王国は逆にどんどん人が減って行ったんだ。町として機能できなくなって消えてしまった町もある。隣接し合う町と町が合体して一つの町になる、なんてケースもあったんだね」
　…そんなことまであったんだ…。
「やがて『議会』というものも浸透していくんだ。王族や貴族による民衆の統治から、民衆と身分の高い人たちが一緒になって統治していく…という形になっていくんだね。そういうところくらいは歴史の授業でもやったんじゃないのかね？」
「……」
　やったかなあ…やってないかなあ…なんか、あんまし覚えてないなあ…。
「まあ、いいか。でもそうなってくると王族や貴族と議会の対立、なんてことも起きてくる。最初のうちは議会というのは民衆の中から代表を選んで議論して何か決定して、それを貴族である領主様のもとへ持って行って最終的な判断を仰ぐ、というものだったんだ。でもこれだと結局は領主様の意見しか通らないということになってしまう。…そこで色んな形の議会があちこちでできていくようになったんだ」

　例えばゲルンタージュでは二院制になってるってのは…前にメリッサ姉さんに説明してもらった通り。ゲルンタージュに住んでる人なら誰でも立候補できる市民議会と貴族の位を持ってる人しか立候補できない貴族院の二つ。市民議会→貴族院と通ってきた議案は最終的に領主様が承認して可決、という運びになる。…こういうのは実は結構古い形態なんだそうだ。実際、ゲルンタージュの貴族院てのはほとんどお飾り同然だ、てのは姉さんも言ってたよね。
　カラドリアは一院制で…でもケルディア王家がしっかり統治していて例の五大貴族もしっかりしているから、議会は正に民衆の意見を聞くだけの場ということになってるらしい。でも先生が言うにはこのカラドリア議会というのは結構クセモノで、すったもんだの議論の末に結局王家が承認しなかった議案を、五大貴族から王家から全ての貴族を何年かかけて説得し倒して再承認させた…なんてこともあったらしいんだって。