TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-30]

「カラドリアの方は置いておくとしても。バズハイム王国の方は都市によっては非常に厳しい情勢になることもあったんだ」
　ほとんどの都市はゲルンタージュみたいに、なあなあ…って言うとちょっと印象悪いかな、ま、とりあえず選んでおいてとりあえず議題集めて議論して…ま、こんなものでしょはい承認（うわ…これでも印象良くないか…）という流れなんだけど。人の数も少なくなってるからね。
　でも歴史上の確執とかしがらみとか色々ある都市の場合は領主様が一切の議案は承認しない、じゃあ、民衆の方で議会作るから、と言うとこれも認めない。無理やり議会作って半分内戦状態になっちゃった例もあるんだとか。
「そういう事態を重く見たバズハイム王家は『土地監察法』という法律を作ったんだ」
　どういうことかと言うと…簡単に言えば各都市に貴族を増やす法律なんだって。名目上は統治に関係しての領主様の補佐、つまりはお手伝いをしてもらうために首都コルンから派遣される…というものだったらしいんだけど。実際は貴族の人たちもみんな各都市からどっかへ出て行ってしまって、みんな首都へ集まってくるものだから何とか地方へ分散しよう…ついでに貴族側の勢力も増しておこう…というものらしい。身分のある人たちを増やしておいて何とか上から押さえ込もう、とかそういう風に考えているのかな…と思ったら先生は笑うんだ。
「そういう側面が全くないと言ったらウソになるだろうね。でも、バズハイム王国は広大だけども人口は減り続けている。人材を派遣することで各都市からもなんとかして盛り上げられないか…という狙いもあるのかも知れないね」
　物事ってのは一つの見方だけじゃ計りきれないものなんだよ…と先生はまた笑ってたけどね。

　ホルトホーフェン伯爵がそういうわけでゲルンタージュに来たのは四十年くらい前らしい。ゲルンタージュの領主様とは遠い血縁関係にあたるとかでこっちに来ることになったらしい。元々ゲンルタージュは他にも貴族がたくさんいた町で（なんか犬とか猫とかそういうのみたいだけど）ゲマ街道が栄えていた頃は立候補者も多くて貴族院も大変に栄えていたんだって。…そう言えば例の資料の中にもいくつかそういうのがあったっけ。貴族は貴族でも下級貴族になるとあんまりお金持ちじゃないからあちこちで借金して、うちの先祖がその保証人になってた…ってそんな書き付けとか。今とは酒場の面々も違っていたんじゃないかな。
　でもゲマ街道がさびれて今みたいになってしまうと。そういう人たちもいなくなってしまう。そしてどんどん人が減っていく。…ホルトホーフェン伯爵はそんな中ゲルンタージュに来たんだ。うちの宿屋みたいに先祖代々ここにいたわけじゃない。どんな気持ちだったんだろう…？　初めて来た時は…？

　目指す家は…お屋敷じゃないんだ、普通に家だ…ギルマン商会の近くになる。でもちょっと事情が事情だからギルマン商会への挨拶はなしってことに。ジョンも今はいないし、後で話には行くつもりなんだけどね。
　門も普通にアーチになっててここはあまりゲルンタージュらしくない。どうもここへ越して来た時に新築したらしくてそういう彫刻とか出っぱりとかは全然ない。ただ、門の上と横に一体ずつやっぱり何だかよく分からない石像が置いてある。ボクには角のある馬に見えるんだけど…他の人には何に見えるんだろう…？　聞いてみたような気はするけど…そういうことをしに来たわけじゃないんだよね、うん。
　と、庭の奥から激しく尾を振りながら犬が走ってきた。吠えついたりもしないで甘えた声を上げている。
「わふん、わふん、わふーん」
　この大きな白い犬はマークって言うんだ。人懐っこい犬でね、誰とでもすぐ仲良くなっちゃう。ビーチェが目をキラキラさせながら手を伸ばそうとしてるけど、さすがに今日はちょっと止めておこう。何、今度来た時にでも遊んであげたらいいんだから。
「本日は急なお願いに応じて頂き、大変に申し訳ありませんでした。私、ヨナタン・シュタウフェン以下二名、参上つかまつりました」
　うわ…先生、緊張してる緊張してる。応対に出たのは伯爵の奥さん。目、丸くしてる…。

　それぞれ挨拶して中へと案内される。ホルトホーフェンさ…伯爵はじきにこちらへ来られるとのこと。
「何もそんなに硬くならなくても…」
　そうは言っても中に入るのは初めてだもんなあ…こんな立派な応接室があるとは思わなかった。ありがちな鹿の頭とかそういうのはないけどとても穏やかな、でも大きくてボクが両手を広げても間に合わないほど大きな絵とかがそっと飾られてあったりするんだ。
「いえいえ。やはりこういう形式は守りませんと」
　なんか逆に先生っぽいけどね。こういうとこは。
　とても香りの良いお茶が出される。クイトは奥さんのお手製でとっても美味しいんだ。甘さ控え目で…ヘルガ義姉さんのも美味しいんだけどそれとはまた違った上品な美味しさとでも言ったらいいんだろうか？　クイトって作り方が単純な分だけ作り手の性格とか気持ちとかがよく出るお菓子なんだよね。だからタミィ義姉のが結構しっかりした味がするってのは…ああ見えて実はしっかりしてる、ってことに…なるんだろうか？
「それにしても久しぶりよねえ…マルティン君。宿屋の皆様はお元気？　お変わりない？」
「はい。えーと、その、みんな元気でやっております…」
　って、なんでボクまで緊張してくるんだろ。ホルトホーフェンさんの奥さんとはいつもよく話していたってのに。
「ビ、ビーチェも元気でおかわりいらないです」
　…なんでビーチェまで緊張してワケわからんこと口走ってるんだ…。