TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-31]

「おや。久しぶりな方々がいらしてますね。やけにマークがはしゃぐと思いましたが」
　そこへ顔を出したのは…ホルトホーフェンさんだ。良かった…最近あんまり顔を見てなかったけど、元気そうだ。前よりちょっと太ったのかな？　でも顔色もいいし健康そうだ…。ボクを見てにっこりと微笑んでくれるところも変わっていない。
　あわてて立ち上がろうとする先生を穏やかに手で制して。ふう、と長椅子に腰を落とす。
「庭の手入れをしてましてな。いや、この年になるとなかなか体が言うことを聞きませんでな。…これはもう、仕方のないことなのですな。ははは」
　と軽く笑いながらお茶を一口。
「ふう。…アリシアや、後で切った枝をまとめるのを手伝っておくれ。いやいや、結構な量になってしまったのだよ」
　アリシアというのは奥さんの名前。
「あらあら、おじいさん、この間まとめてギルマン商会の皆様にお願いするって言ってませんでしたっけ？」
「…えっと…そうだったかな…」
「そうですよ。今はロバートさんがジョン君と出かけていますけど、いつでも声をかけてくださいってマリーさんがおっしゃっていたじゃないですか」
「お、おお…そうだった、そうだった。…いや、恥ずかしいところをお見せしましたな。もう年なもので…」
「毎日こんな調子なんですよ。ほんと、もう困っちゃう。…あら。お茶のお替りを持ってきましょうね。皆さんもくつろいでくださいな」
　と、アリシアさんは静かに椅子から立つと、ポットを持って奥へと行っちゃった。

　なんかいつもの、よく宿屋の酒場に来ていたホルトホーフェンさんなんだよなあ…別に伯爵とかそんなの関係なく。そういうのを見てるとさっきまで緊張してた自分がなんかバカバカしくなってくる。
　そうだ、全然知らない人と会ってるわけじゃないんだ。あのホルトホーフェンさんなんだよな。
　そう考えると窮屈なこの服も着替えたくなってくる。別に普通の服でもいいんじゃないのかな、ってね。でも…そこら辺はやっぱり先生のこともあるし。そういうわけにはいかないもんなんだろう、くらいはボクにだって分かってる。

　ホルトホーフェンさんは…ちょっとかがみこんでふくらはぎの辺りをもんだりしている。
「痛むのですか？」
　さすがに先生が心配そうな声をかけていたりする。
「いやいや。やはり体のあちこちにガタがきているのですよ。ちょっと体を動かすとこれですよ」
「筋肉の痛みですね。…後で湿布薬をお持ちしましょう」
「いえいえ、そんなことまでして頂く必要はありませんよ。しばらくじっとしていれば問題ないのですから」
　…と、そこで半分口をぽかん、と開けたままのビーチェに気づいたらしい。
「おや。マルティン君のお友達ですかな？　可愛らしいお嬢さん？」
「あうあ、はい、そのあの」
　伯爵様のこんな姿は意外だった、ってことかな？　カラドリアだと貴族てのは結構上の存在になってるらしいし。…仕方ない。
「このコはベアトリーチェ・トリクシー・ミルチアーノと言いまして、ボクのお手伝いにカラドリアから一緒に来たんです。ビーチェって呼んであげてください」
「ほうほう。マルティン君のお手伝いに。それは素晴らしいことですね。ビーチェさんはゲルンタージュは初めてですか？」
「は、はいあのその、ビーチェ、カラドリアから出たことないですです」
「ここは大変に良いところでしょう？　私もここに住んでかれこれ四十年になりますが…ここは本当に良いところです。首都コルンもカラドリアと同じように大変に整った町なのですが、ゲルンタージュはそれとは違った良さがあります」

「こんなこと言ってますけどね、来たばかりの頃は本当に大変だったのですよ」
　アリシアさんが柔らかい笑みを浮かべたままお茶を持ってきてくれる。
「もういやだ、俺はコルンに帰る、爵位も返上する…ってね。まるで子供でしたもの」
　それを聞くとホルトホーフェンさんはバツの悪そうな顔になっちゃう。なんだかイタズラが見つかっちゃった子供みたいだ。
「もう昔話ですからね。笑って話せますけどね…うん、あれはもうかなり昔のことになってしまうのですね…」

　例の土地監察法という法律。これによってホルトホーフェンさんがゲルンタージュに来たのは今から四十年ほど前のことになる。その頃のゲルンタージュは、と言うと…すでにゲマ街道はさびれてしまっていたんだ。東西南北の大街道の整備はほとんど終了していた頃になるから当然、と言えば当然ということになる。
　うちの宿屋は父さんが現役…よりちょっと前、ということになるのかな。今のハインツ兄みたいな感じだったらしい。ボクのおじいさんがまだ生きててばりばり働いていたらしい。