TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-39]

「そ、そんな…」
　ハリーさんにも似たようなこと、言われたけど…そんなにボクが有名だってのは、ちょっと分からない。分からない、というよりそんなことあり得ない、としか思えないんだ。…こんなボクなんだし。
「そ、そうだ。マルキスはその後どうなったんですか？　色々あったのでしょうけど運河を完成させたのですよね？　授業ではそこまでやりませんでしたし…そうだ、コナー大橋を造ったコナーって人はどんな人なんですか？」
　やっぱりボクはそんな大それた人間じゃないんだ。だから、ちょっと話題を変えたいなあ…と、先生に振ってみたのだけれど。
「知りたいかね？」
　なんだか思いつめたような顔の先生。…ホルトホーフェンさんも難しい顔になっている。
「本当は後で自分で調べたまえ、と言いたいところなのだよ。今ここで話す、というのは…」
「ヨナタン先生。話してあげましょう。どんな結末だってマルティン君は受け入れなくちゃいけません。…いいですね？　マルティン君？　どんな話になっても決して動揺してはいけませんよ？」
　…一体どんな話になるんだろう、と不思議に思ってたんだけど…。

「殺された…？」
「そう。マルキス・グレイは三十代の若さで反対派の若者に刺されてしまうんだ。あと少しで運河が完成する、という時にね。残りは彼の賛同者たちが必死になって完成させたんだ。だから運河の名前が『マルキス』なんだ。もし彼が生きている時に完成していた、としたら…自分の名前を付けることをよしとしただろうかね？」
「………」
「コナー大橋の計画立案者はコルネリア・マシス。彼女はマルキスが死んで運河が完成してから十年くらい後にこの計画を提案して…実行した。やはりとても若くて立案した頃はまだ少女のような年齢だったらしい。…マルキスに子供はいない。でも、長年協力していた賛同者の中に幼なじみの女性がいて、未婚のまま出産している。その時生まれたのが…コルネリア、コナーなんだ。コナーはマルキスの娘ではないか…という噂は、当時まことしやかに語られていた可能性もあるんだ」

「コナーの場合はマルキスとはちょっと事情が違う。すでに運河は開通しているけども分断されてしまっている地区がある。そこへ橋を通そう、というものだから当初はそれほど反対者はいなかった。ただ…」
「ただ、なんです？」
「うん。その、コナーの出生のことだね。おおやけにはされていないのだけど、実はマルキスの関係者ではないか、彼の強引なやり方をごまかすために橋の建設を提案したんじゃないか…という噂が広がってしまうんだ。橋そのものは彼女が生きているうちに完成した。けれど…結局彼女も毒殺されてしまうんだ。まだ二十代だったそうだ」

　そんな…。

「双方の計画とも、王室が援助しています。まあ、王室ですからね。バズハイム王国の中ではおおっぴらに批判が集まることはありません。しかしよその国からすればどうでしょう？　首都に大そうな運河と橋ができたらしい。でも、それはかなり悪どいやり方で造られてしかも民衆におべっかを使うために橋まで作ってる…それを援助したのが王室かね、なんて国だ！　とね」
　ホルトホーフェンさんはちょっと芝居がかった仕草で両手を上げると…ゆっくりと下ろしていったんだ。ふう、と大きく大きく息を吐きながら。
「…全ての人にとって良い選択肢というものはありません。当時は批判はありましたけど、今のマルキス運河は副産物として用水路を使った輸送網までコルンにもたらしてくれているのです。もちろんコルン全土がその恩恵に預かれるわけではありません。でも…少なくともどんなに日照りが続いても水だけは、皆、どこの地区でも不足することはなくなりました」
　そこでやっぱり目を丸くしているビーチェに笑みを送る。
「お嬢さん。コルンの別名を知っていますか？」
「え、は、いいえ…」
「『水の都』と言うのですよ。そしてコナー大橋。素晴らしい景観だけではなく橋の両端の地区はコルンでも最も栄えた地区となっています。私は当時の王室が下した決断…マルキスを、そしてコナーを援助するという選択は間違っていない、誇りある英断だと思っていますよ…」

「マルティン君」
「…はい」
「私たちは君に無理強いするつもりもありません。ただ…かつて純粋な情熱を持った若者がコルンにもいて、それを王室が後押ししていました。結果として二つの大きな存在をコルンに残すことができました。もちろん、それが本当に正しいことだったのかどうかは分かりません。でも、そういった情熱を後押しすることができる。これは、王室だけではなく我々貴族としても大変に喜ばしいことなのです。決して権力でもって下げ渡しているわけでもありません」