TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-42]

「でも」
　意を決したように顔を上げる…ビーチェ。
「ビーチェ、なんだかマルティン様の気持ちがよく分かるような気がしてるです。マルティン様は一人で全部何もかもやってしまおう、他の助けはいらない、とかそういうことを言っているのではないと思うのです。だからお…おうし…王室の助けなんかいらなくて必要ないとかそういうことを言っているのではないと思うのですです」

「その辺は我々もよく分かっているよ」
　静かな声で先生。
「しかしだね。王室の後押しがあるとないとでは大違いなのではないかね？　例えば君もよく知っているカラドリアのジェイスン氏だ。彼のような貴族に対する場合、例えよその国であっても王室の名前があると大変に有利に働くのではないだろうかね？」
「それは…その、そうですが。カラドリアの貴族の方々は体面をとってもとっても重く見ますから」
　…いいのかな、そんなこと言っちゃっても。まあ、ジェレミーさん見てるとたしかにそうは思うけどさ。
「でもでもでもでもでも。お、王室とか貴族とかそういうのではないと思うです、ビーチェは。薬協支部はマルティン様がとってもとーっても苦労してここまでこぎ着けたお仕事です。そしてマルティン様だけではないです、その苦労をしてきたのは。だから、だから…」
　一回、言葉を切って天井を見上げる。大きく息を吸って…また吐いて。大丈夫なのかな、なんかヘンなこと口走ったりしないだろうな…。
「その手作り感、そうです！　手作り感が大事なのですっ！」
　…パンとかクイト焼いてるわけじゃないんだぞー…。

　さすがの先生もちょっと毒気を抜かれたような顔になっちゃってる。ホルトホーフェンさんは…ほほう、とでも言いたげにあごをなでていたりするけど。
「手作り…」
「そうです手作りなのです薬協支部を手作りするです」
「いや、あの…ビーチェ」
　それはちょっと意味が違ってくると思うぞ…。
「なんですかマルティン様」
「それはさすがに…ねえ？」
「いえ、ビーチェはマルティン様やアレン様、それにローガンさんに…ゲルンタージュの方たちを見て思ったですです。ヤロミーラ店長はこれをビーチェに見せたかったです。多分そうです」

「みんなで頑張って作るです。それが手作りです。ちょっとでも関わった人たちみんなで作るです。…先生も、ホルトホーフェン様も。もちろん奥様も、胸が大きくて大人なシルヴィアさんも一緒なんです」
　一部なんかにこだわってるような気もするけど。
「でもみんなゲルンタージュとカラドリアの人たちなんです。遠いコルンの人たちではないです。そうなったら手作りではないですです…」

　…言いたいことはなんとなく分かるんだけどね。
　一体感とでも言うのかな。ビーチェは多分直接関わってきた人たちでここまで薬協支部を作ってきたのに、ここで王室がどう、というのはちょっと違うんじゃないのか、とかそういうことを言いたいのだと思う。思うんだけど…そこまで言い切っちゃうと先生やホルトホーフェンさん、それに姉さんがここまで頑張って王室に働きかけてくれたのが全部無駄になってしまうわけで。
　なんか…悪いよなあ、そういうの。散々世話になっておきながらそれを裏切るようなもんだし。
　でもホルトホーフェンさんが手を打って笑い出してしまうんだ、ビーチェの「手作り」を聞いて。
「いや…これは楽しいお嬢さんです。いいですね、薬協支部を手作りする…いい言葉じゃありませんか、ねえ？　先生？」
「は、はあ…」
「どうでしょう。これはマルティン君とこの楽しくて可愛らしいお嬢さんの意思ということで…このお話を取り下げる、というのは？」
「しかしそれでは…」
「もちろんただ取り下げるというわけにはいきません。コトはすでに王室関係者の耳に入っていますし一度決まったことを引っくり返すというのはなかなかに難しいことですから」
　…そんなとこまで進んでたのか…。
「ですからこうしましょう。コルンへはマルティン・シュトーレン氏から承認の意を得た、と報告だけはしておきます。でもゲルンタージュでは別に王室のことなぞおくびにも出さない。いかがでしょう？」