TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-43]

　え。いいんだろうか、そんなことしても。
「誰かがゲルンタージュまで来て確認したりする、なんてことはまずありませんし。薬協支部ができてしまえばどこのどんな後押しがあったか、なんて誰も気にしたりしませんよ」
　ホントに…いいのかな…？　結構いいかげんなような気がするんだけど。
　先生はちょっと考え込むような顔になってる。多分ボクと同じような気持ちなんじゃないのかな。
「それに今回は資金など物的な援助の申請ではありませんし。純粋にバズハイム王室の名前を使っても構わない、いや、むしろどんどん使ってくれ…とうことだけですから。何らかの形で予算を立てるとかそういうこととなればまた話は違ってきますけどね」
　あ、そういうのもあるのか…そうか、マルキスやコナーの場合はそういう意味合いの援助もあったってことか…。
　たしかに薬協支部立ち上げるのにそんなお金はいらないもんね。って、いや、そうでもなかったか、ハインツ兄とのことがあったっけ。そうだよなあ…普通、こういうのを立ち上げるとなるとなんだかんだでお金がかかってくるもんなんだろうし。スペースや建物にしても自分で確保したり建てたりできない場合は借りることになって、月にいくらとかそういうことになっちゃうんだ。そうなるとお金のことで援助してもらえるってのはとても助かることにはなるね。

「もちろん、バズハイム王室という後ろ盾があればあるに越したことはない、とは思うのですけれどね」
「はあ…」
　後ろ盾、か…そういうのもボクは全然ないんだよね。たしかに。ただゲルンタージュに住んでる学校卒業したての人間なだけなんだし。そういうのがあればたしかに有利になるんだろうけど。
「卿がそこまでおっしゃるのなら…私に異存はありません。後はマルティン君、君の問題だね」
「ボ、ボクですか？」
「最終的に決めるのは君だからね。さあ、どうするのかね？」

　どうするも何も、答えは一つしかない。不安そうにボクを見ているビーチェに、ちょっと笑いかけてからボクは立ち上がった。

「はい。ホルトホーフェンさんの言うようにしたいと思います。ボクは王室の援助は…辞退させて頂きます」
　ほう、とも、ふむ、ともつかないようなため息がいくつか。
「色々力を尽くしてくださった先生やホルトホーフェンさんには本当に申し訳ないのですが…」
「いや、君の決めたことだ。気にする必要はないよ」
　にやり、と笑みを浮かべる先生。…いや、なんか、ちょっと…コワイような気もするんですが…その表情は。
「しかし…ちょっと見直してしまったよ。変な意味ではなくてね。…メリッサが言っていたのさ。『あの子はこの話を受けないかも知れない。…だって意地っ張りだから』って。その時は分からなかったけれどね」
　すうっと立ち上がる…。そして右手を差し出してきた。
「良い意味での意地っ張りに成長したものだ。どうだろうね、王室の件とはまた別に私に何かできることはないだろうか？　あれば何でも言ってきたまえ。できるかぎりの協力を約束しよう」
　そして、大きな手でしっかりとボクの手を握ってきたんだ。
「おや。先生。抜け駆けはいけませんねえ。こういうのは大人数の方がいいと昔から決まっているんですよ」
　ホルトホーフェンさんも握った手の上に手をかぶせてきた。
「えっと、それならそれならビーチェも、ですです」
　そしてさらに上からビーチェが手をかぶせてくる。背の高さが足りないからうんと背伸びしながら。…ちょうど料理を運んできた奥さんが、まあ、何か楽しそうなことしてらっしゃるのね、わたくしも混ぜてくださいな、ってちょっとした騒ぎになってしまったんだ。

　その後は美味しい料理に舌鼓、ということになったのだけれど。ホルトーホフェンさんの家を出た時はもう夜になってしまっていた。先生はちょっと前に急患ということでボクとビーチェだけで宿屋に戻ることになったんだ。

　ゲルンタージュは夜には晴れていれば星が見える。…いや、カラドリアやハイドシュタインじゃ星は見えない、とかそんなんじゃないんだけど。あっちはなんだか空が狭いように見えたのは…気のせいなんだろうか。建物と建物の間、つまりは道が狭いのかな…とかそんな風にも思うのだけれど、計ったわけじゃないからね。本当のところは分からない。でもなんだかゲルンタージュの夜空の方が広くて星がたくさん見えるような気がするんだ。
「ふえー…マルティン様、星がたくさん見えるです」
　ビーチェも同じことを思っていたらしい。
「カラドリアは夜でも明るいですから、たぶん静かなゲルンタージュの方がよく見えるですよ、きっと」
　まあ、こんな時間にまで起きていて夜に出歩く、なんてのはカラドリアならアリなんだろうけど、ゲルンタージュじゃあんまりやらないことだもんなあ…。

「あ。流れ星ですマルティン様、見えたですか？」
「うん」
「明日はいいことあるですよ、きっと…」