TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-44]

　その翌日…ではなくてそれから何日か経った頃かな。ボクにもようやくゲルンタージュに帰ってきたなあ、という実感が湧いてきたくらい、かな。

　ビーチェはいつの間にかヘルガ義姉さんの部屋に住み着いてしまった。…「住み着く」という言葉の正しい使用法だと思う。本当は他に部屋か家を探すつもりだったんだけど（ヨハン兄なんか今でも大張り切りなんだけど）なんとなーく…ヘルガ義姉さんの部屋に床にフトン敷いて寝泊りしている。エトヴァルトも当然同じ部屋なんだけど、なぜかビーチェは子供のあしらいがとても上手いらしく、たった数日なのにもう懐いているんだそうだ。宿屋の仕事もあるから、ヘルガ義姉さんはエトヴァルトにかかりっきりにはなれない。これまでは父さんや他の誰かが手の空いた時にあやしたりしてたんだけど、ビーチェが来てからはほとんど任せきりになってる。
　ビーチェがエトヴェルト背負うと、子守の人形みたいでミョーに似合ってるからかも知れない。当人は「初の子守です、責任重大ですです」とか言ってたんだけど。…エトヴァルトの世話代の代わりにこっちに住んでもらおうかしら、とヘルガ義姉さんは本気で考え始めているらしい。

　マリアやアレンさんはまだ戻って来ていない。ハインツ兄だけが昨日、戻って来て、夕食の後に色々話してくれたんだけど…。
「…どうだったの？」
「なかなか難しいみたいだぞ。ランスさんとアレンさんが気を使ってくれたから俺は帰ってこれたが、まだ時間がかかるかも知れん」
　と、難しい表情。ハインツ兄は宿屋のこともあるんで先に戻って来たらしい。ちょうどカラドリアからゲルンタージュへ行くという荷馬車が見つかって便乗できたので結構早く戻って来れたらしいんだ。
「本当、お前やっかいなことに巻き込まれてるな。…格式とか家とかそういうのがあれほどややこしいものだとは思わなかったよ」
　もうごめんだよ、という風に手を振る。相当色んな目にあってきたのかなー…ここまで心底うんざりだ、というハインツ兄の顔は初めてだ。ボクがアラドリアで受けたショック…ってそこまですごいもんじゃないか…とはまた違った衝撃があったみたい。まあ、ハインツ兄もこれまでほとんどゲルンタージュから出たことない人だもんなあ。
「でもな、お前はマリアさんがここに住むための場所を用意しておいてやれ」
「え？」
「必ずゲルンタージュへ来る。問題も全部解決してな。なんだかそういう気がするんだ。お前やアレンさん…マリアさんを見てるとな。…お、ヨハン、来たか。タマラさんに言われてたアレ、買ってきたぞ」
　そこへヨハン兄が「よっ」とか言いながら来ちゃって、ハインツ兄もなんだか荷物をごそごそ探って香辛料か何か入った小ビンを見せたりし始めちゃった。だから、ボクはその場をそっと離れたのだけど。

　…住むための場所、かあ…。
　どうなんだろ、ヨハン兄に頼んでみようかな…それともどうなるかホントに分からないから宿屋のどれかの部屋をとりあえずキープしておくとか、そういうのの方がいいのかな。

　そうそう、今日の昼前には珍しい人も来たんだ。ハイドシュタイン薬協支部のフレデリクさん。やっぱり普段はハイドシュタインから動くことはまずない…と言うよりその必要がない、と言った方がいいのかな。それでもゲルンタージュやカラドリアは何度か来てはいるんだ、と笑っていたのだけど。
「本当はメリッサに用事があったのだけどね」
「でも姉さんはまだ戻ってないんですよ」
「はは。そうだったんだよ。店も留守でね。だから預かり物をしてもらえないかな、と思ってね」
　そんなに大量じゃない。手提げ袋一つ分の荷物。なんでもピルロの実の変種がいくつか入っているらしい。
「はい。たしかに預かります。…うわ、ピルロの実の変種ってこんなにあるもんなんですか？」
　うちの宿屋のロビー。もちろん、と言うか、まあ、いつものことなんだけど他にお客さんはいない。そこでちょっと手提げ袋をのぞいてみたんだ。ピルロの実、というのは普通に売っているキロの実が変化したものとされていてその疲労回復効果は絶大、とされているんだ。形はそこらでよくありそうな茶色くて丸くてテカテカ光る木の実なんだけどね。…でも中に入っていたのはやけにアタマがとんがっているのとか真っ黒いのとか逆に白いのとか…。
「うん。効能もそれぞれ違うらしいんだけど…まだまだくわしいことは知られていなくてね。前々からメリッサが欲しい欲しい、と言っていたものだったのさ。たまたま知り合いの商人さんがいくつか持っててね。譲ってもらったんだ」
　ヘルガ義姉さんが持って来てくれたお茶を口にふくむ。
「ん、やっぱり美味しいねえ…」

「それと。ついでと言ったら悪いんだけど…君にも用事があるんだ」
「…何でしょう？」