TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-46]

「ご名答」

「もちろんそんなに単純なことじゃないんだけどね」
　まあ、たしかに。そんな簡単に町が成長してくわけないし。
「時間だって必要さ。一年とか二年とかじゃあ、絶対に無理だね」
「十年とかそれくらいは必要ですか」
　するとちょっと考え込んじゃったフレデリクさん。
「いや…もっと必要かな。僕の考えでは百年くらいは必要だと思うんだ。目に見える成長、という意味だけどね。細かい成長は毎日毎日起きているものなんだけどね」

「百年…ですか」
　ちょっと想像つかないなあ。
「そうでもないさ。君の家の、この宿屋」
　フレデリクさんがぐるっと見回しているんで、ボクも背もたれに腕をやって見回してみる。生まれてからずっと見ているこの玄関ロビー。天井の四角と三角を組み合わせたような古ぼけた模様も、やっぱり年代物になりそうな椅子やテーブルも、見覚えのあるものばかり。床のカーペットだってボクが生まれてから、いや、多分ここができた頃から変わってないんじゃないのかな。今はぼやけて赤だか橙だかよく分からない色になっちゃっているけど、当時はもっと鮮やかだったんじゃないのかな。
「かなり前から営業してるよね？　その頃と比べたら今はまた大分違ってきてるんじゃないのかい？」
「…うーん、どうでしょうね。ゲルンタージュってあんまり変わらない町ですから」
「そうかな？　一つだけは確実に変わってることがあるはずなんだけどね」
　そう言うと、楽しそうにお茶をすすっていたりする。

　何だろ。何か変わっていたっけか。

「…なんでしょう？　ボクにはさっぱり」
「もう降参かい？　早いね」
「はい…すいません」
「謝ることはないよ」
　これがマリアとかラン君相手だったら悔しいところなんだろうけど。フレデリクさんだと不思議とそういう気にならないんだ。するとフレデリクさんはお茶のカップをそっと置いて、意外と真剣な目でボクの目を見つめてくる。
「人、だよ。人。この宿屋はかなり昔からやってるわけだけど、例えば百年前と今ではいる人間が全然違うだろ？」
「そりゃあ、まあ…」
　たしかに。父さんのお父さんとかそのまたお父さんとかお母さんとか。そういうボクが直接は知らない年代の人が昔は働いていたはずなんだけどね。
「そういうところからも成長しているのさ。人が違えば考え方も感じ方も違う。そんな違いは色んな『差』を生んでいく。もちろん全部が良い『差』じゃない。とても良くない『差』だってあるだろう。でも…そんな『差』も全部ひっくるめて都市というのは少しずつ少しずつ変わっていくものなのさ…」

「そして、その『差』を劇的に起こすためには新しい何かが必要なんだ。それは同じ都市の中だけでは決して生まれない。外から持ち込む必要があるんだ。…それがルートセラーなんだ。もちろんルートセラーだけじゃないね。行商や旅行なんかで訪れる違う都市の人。そういう違った何かに触れることで都市は成長していくんだ」
　…うーん…。
「や。ちょっと話がヘンな方へ行っちゃったかな。…ま、まあ、そういう考えもあるよ、ってなことなんだけどね」
　正直なところ…うん、よく分からない。とっても難しくて理解できないってわけじゃないんだけど、実感として湧いて来ないと言うか何と言うか。もっと年齢が上になったら分かるんだろうか…？　それともフレデリクさんみたいに色んなこと知っていたら分かるようになるんだろうか…？
　フレデリクさんはそれっきりその話はしなかった。他のこと、薬協支部設立の進み具合とかそういう話はしたけどね。…ジェレミーさんのことなんかの話もしたたんだけど。
　お茶とちょっとした軽食…ヘルガ義姉さんお手製のクイト…を食べてハイドシュタインへと戻って行っちゃった。

　でも…町ってのは成長していくもので、そのおおもとには町に住む人たちの変化がある、そしてそれにはルートセラーなんかが必要…ってそんな感じにはなんとなく分かったような気がするんだ。うん。なんとなく。だから誰かにもう一回、もっと分かりやすく噛み砕いて説明してみろ、とか言われたらかなり困ってしまう。
　なんだかよく分かんないのは間違いないんだ。こう…もやもやっとしたケムリみたいな何かがこう…何かカタチと言うかな、そんな風にボクの中に何かできてる…とかそんなもんでつかみどころも何もあったもんじゃないんだ。