TheRootSeller 外伝 3 「ボクの薬協支部設立奮闘記」　[5-47]

　それから二、三日経ったくらい。まだアレンさんもマリアも戻ってきていない…。
　ボクは、ふと思い立って南の石切り場へ行ってみることにしたんだ。過去の宿帳なんかの整理が一段落…と言うか今日の分、と決めておいたのが意外に早く済んだからなんだけど。お昼も回って今日も晴れているし。なんとなく行ってみようかな、って。そう。なんとなく…そう思って出かけることにしたんだ。

　あの頃以来あそこへは行ってない。…体が覚えているとかそういうことなのかも知れない。前にエマにもらったカゼ薬で体調がヘンになったことがあったけど、あれのもっととんでもないような状況だったんだろうし…ナスターシャと一緒に行ったあの時は。ボク自身には記憶はないからどんな感じだったんだろ…と想像するしかないんだけど、かなり気持ち悪かったりとかそんな風な症状はあったと…思うんだ。
　そんなことがあったら体の方だって怖がっちゃうよね。だからあれ以来、ホントあれ以来石切り場には行ってない。

　うちの宿屋があるカティ通りをずんずん南へ進んで行く。うちの近くはそうでもないんだけどここ辺りになるとまだ結構うねうね曲がっていたりするんだ。ゲルンタージュはゲマ街道が町の真ん中を通っているからね。それにくっついたり離れたりを繰り返してやがてゲルンタージュの外れまで行って…カティ通りは消えてしまう。そのポイントは例の石切り場をちょっと越えた先になる。まあ、消えてしまうと言ってもいきなり道がなくなっちゃうわけじゃないんだけどね。それまでの敷石もなくなって、幅も狭くなって。人一人通れるくらいの細い道になって、つい、とそこらの草原へ入っていっちゃう。そこから先は…獣道みたいな感じかな。動物がよく通る場所にできる草を踏みしめた細い道。あんな風になって…もうどれがどれだか分かんなくなっちゃう。ああいう道って多いからね、町の外だと。
　あ。サザルム邸跡だ。あれ？　もう？　こんなに近かったっけ？
　…へえ…今でもみんな、ここでムカス飼ってるんだな。前と比べると…小屋が増えてる…のかな、どうなんだろ、あんまりよく覚えてないんだけど…ムカスの数も…こんなもんだったかな…いや、もっと少なかったっけ？　どうだったかな、やっぱりよく覚えてないや。
　実はうちでもムカスを飼おうか、って話になったことがあるんだ。ボクがメリッサ姉さんの店に顔を出すようになって、あそこで飼われてるムカスのキャロルの話をよくしていたせいかも知れない。ほら、ヘルガ義姉さんはよそから来た人だからムカスのこともよく知らなかったんだ。どこかの店先で初めて見た時にはすごく気に入ってしまって、飼おうって話になってきたんだけど…ムカスはゲルンタージュでは家畜だからね。犬やネコみたいにペットで飼うってことはまずないんだ。…つまり何か役に立たないといけない（例えば姉さんのとこでは運搬用に使ってる）ってのがみんなの意見だったんだけど…。
　宿屋にムカス。うーん…何か…できるかな…宿屋の他に仕事とかあるとこなら、そっちで役立つこともあるかも知れないんだけどね。牛乳運ぶとか野菜を市に持って行くとか。でも宿屋だけじゃあ…ってことになって結局立ち消えになっちゃった。でもヘルガ義姉さんはまだまだあきらめてないらしく、夕食なんかの時に話を持ち出してきてはハインツ兄に呆れ顔で却下されてる。ムカスを育てている農場というのもいくらかあって、知り合いばかりだからね。実際に飼う、となっても育て方も教えてもらえるだろうし、問題はないんだろうけど…意味もなく飼う、てのは抵抗あるよなあ…やっぱり。

　あれ。馬がいる。珍しいなあ…しかもあれって馬車用ってか馬車そのものだ。ふーん…誰か買ったのかな。御者さんっぽい男の人もいるけど見ない人だな。

　そんなサザルム邸跡を過ぎて、しばし。緩やかな下り坂を進んで…と。右へ行ったり左へ行ったり。途中で何人か知り合いにも会って挨拶して。あ。そうだそろそろ聖誕祭なんだ…とかそんな話もちょっとだけしたりして。あれから父さんやハインツ兄に聞いてみたら（そんなことも知らないのか、と怒られるよりも呆れられたんだけど）聖誕祭てのは今の領主様のずっとずっと前のご先祖様で、ここにゲルンタージュという町を造ることを許された人の誕生日にやるお祭りなんだそうだ。見方によってはゲルンタージュの親の誕生日、という見方もできるかな。こういう町っていついつに出来ました！　って日にちまで残ってる（むしろ決まってる？）ことはまずないから、そういう町の誕生に深く関わった人の誕生日を祝うもんだ…と父さんに教えてもらったんだ。
　ハイドシュタインは…どうなんだろう、そういうのはあるのかな。カラドリアだと、なんかそういうのもありそうだよね。うちとはちょっと事情が違うけど王家もあるし。やっぱり王家の、その最初にカラドリアを拓いた人の誕生日とか祝うのかな…？　行事としてはあるんだけど町のみんなではなく貴族だけでやるとか。それともやるにしても町の方では全然別の盛り上がり方をする…とかそんなんだったりして。なんと言うか自己主張の強い町だからね、あそこは。

　そろそろ石切り場になる…はず。道、間違えてないよなあ…。
　なんとなく、なんだけどね。ちょっとずつ思い出してきた。でもうっすらと記憶にあるのと道幅が全然違うんだ。いや、さっきからずっと思ってたんだけどこんなに狭い道だったっけ？　あの頃は道の端から端まで駆け回っていたような、そんな記憶があったりするんだけど今のボクじゃ、そんなの無理だ。だって…軽く２、３歩で端まで着いちゃう。こんなとこ走り回れるはずないって。
　…ぐるぐるりと右へ回りながら降りていく。…うーん、ここもなあ…なんか地の底へでも降りてくような感覚だったんだけど、今見ると普通に下ってるだけだもんなあ…。

　あ。着いた。うわあ…やっぱり懐かしいや。うん。思い出してきたぞ…こう、ほんと大きな石がごろごろしてて…。
「…おや？　やはりここに来たか。ふむ、さすがはナスターシャだな」
　って、なんでジェレミーさんがここにいるんだー…。