TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-2]

　まったくあのバカは何やってんだ。

「おい。分かってるのか？　あの警備隊員が戻ってくるのはじきだぞ。へらへらしてる余裕なんかないんだ」
　…うん。分かってる。先に行ってて。すぐに行くから。
「はあ？　大丈夫かお前。猫見つけてにゃーにゃー言ってたのはどこのどいつだ？　一昨日のことだぞ？」
　…大丈夫だって。僕だってそこまでバカじゃないんだから。一昨日みたいなヘマはしないよ。
「なんでもいいからさっさと降りて来い！　もう時間がねえ！」
　…あのねえ…ちっとは信用しろっての。いいから先行ってて、ってば！

　バカの相手は疲れる…。

　一応名前だけは伝えておくか。俺の名はモナーク。ミノマリナ迷宮のサポーターをやってる。フルネーム？　そいつはかんべんしてくれ。サポーターの流儀でな、仕事の時に本名は名乗らない。理由は知らないが昔々からそう決まってるんだそうだ。
　サポーター、というのはミノマリナ迷宮へ降りる手伝いをする人間のことだ。クレータの酒場とか公民館とか行ってみな？　いくらでもごろごろしてるぜ。きちんとしたのからごろつき風情のいかさま野郎共までな。正式な認可を受けた連中にはAからFまでランクがあるから尋ねてみりゃ分かる。適当なこと言うのはパチモンってこった。
　もちろんAの奴はとんでもなく高い。まあ、普通に観光したいなら観光協会の受付行ってDかCくらいを選ぶといいだろう。その辺が無難だな。このランクは迷宮のどの辺りまで潜ったことがあるか、素行はどうだったか…などをサポーター協会の幹部たちが査定して決める。Fだけは別でこれはサポーターなりたての「新人」てことだ。
　俺のランク？　Dランクだ。…正直言っちまうとこないだDになったばかりなんだがな。それでも50階層目までは潜ってる。Dにしちゃあ潜ってる方だと思うんだが、な。

　依頼されりゃあ、誰でも迷宮に案内する。もちろん料金はもらう。
　…しっかしなあ…ルートセラーの依頼者ってのは結構いるんだが（ルートセラーが依頼者の場合、どうしても特殊になっちまうんだよなあ…武器やら荷物やら持たないといけねえし）、なんであんなちっちぇバカ女の依頼を受けちまったかねえ…俺は。ああ見えてもそれなりに出来るんだ、あのバカ。慣らしで2階層目まで潜ってみたからな。どれくらいの技量持ってるか、くらいは分かる。でもなあ…なんであんなにバカなんだ。

　…先行ってて、か…。
　信用してやる義理もないが、俺は先に降ろしておいた荷物…迷宮内で迷ってもしばらくは生きていけるくらいのモノは入ってる…を拾い上げながら縄梯子の周りを見回す。特に何もない、な。しかし大丈夫かこの縄梯子。ずいぶんと古いのを使ってるなあ…これはサポーター協会に報告しとかないといかんな。A-8の縄梯子、破損の危険アリ、と…。
　…警備隊員は基本『上』だけを警備する。一応ミノマリナは許可なく立ち入り禁止になってるから奴らもそうそう入っては来れない、ってことになってるからだ。妙な縛りだがこういう時はありがたい。内部警備隊員が常駐しているのはもう少し下の階層からになる。しかし…そういう『下』だって完全に安全ってわけじゃない。

　おい。…何やってんだ？　あいつ？　縄梯子が…切れた？

　この光はコチュウゴケの…警備隊員じゃねえか！　ち、少し早く戻ってきやがったか…おい！　さっさと降りて来い！　ああ？　いいから早く…！

　………

　どさっ、と何かが穴から俺の目の前に落ちてきた。いや、『どさっ』とか重い音じゃねえ。上から漏れてくる月の白くて柔らかい光の中、『とさっ』とでも言うような軽い音だ。むしろ音なんかしてねえんじゃねえか…？
「おまたへ」
「おまたへじゃねえ…」
　猫かこいつは。体術にはかなりの技量があるのは知っていたが…この高さから跳び下りても無傷かよ。俺が手を伸ばしても全然届かねえ、ヘタしたら俺の身長の2倍はあるってのに。
「どうせあいつら降りて来られないっしょ？」
「…まあな」
「じゃっ、行こ行こ？　僕早く3階層目てのが見てみたいんだー」
「待て。…こないだ教えたな？　迷宮の基本ルールだ」
　と言うと、一つ、かくん、とうなずいた。
「うん」
「言ってみろ」

　…一つ　迷宮を侮るなかれ
　…一つ　迷宮からは必ず戻れ
　…一つ　迷宮は迷うものと知れ

「上等だ。まずは1階層目、そこの角からだ」
　わしっと頭をなでてやる。なんだかくすぐったそうにしているが気にはしない。どうせ猫みたいなもんだからな、こいつも。