TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-7]

　まあ、よくあることなんだがな。二重遭難とかそういう話もよくある。一体誰だよ、未帰還者なんかいねえ、とか言い張ってるのはよ、と言いたくもなるぜ。首都のおえらいさんには分からないだろうな。迷宮の本当の怖さ、てのはよ。
　このバカもよく分かってねえだろうなあ…何せこいつの受けた依頼っての結構とんでもねえもんなんだ、本当は。こういうバカでないと受けねえだろうよ、あんな依頼。

『俺…ですか？』
　こいつからの依頼を受けたのはクレータのいつもの酒場だった。いや、こいつから直接受けたわけじゃねえ。サポーター協会のあっせん窓口の係員からだ。例えば迷宮に潜りたいんだけど事情があってぎりぎりにクレータに着く、とかサポーター手配の方法がよく分からない、とか。そういう依頼人のために協会では文書や代理人による依頼も受け付けている。しかも無料だ。
『そうなんだ。すまないんだけどね、受けてもらえないだろうか？　君みたいな中堅どころがベストなんだ』
　酒場にはそういう係員が常駐してるテーブルがあって、条件に合いそうなサポーターを見かけると声をかけてくるようになっている。こいつらはサポーターのことは知り尽くしているからモグリの連中に声をかけたりはしない。昔は有名なサポーターだったじいさんなんてのもいるが、ランクCくらいで廃業した連中がほとんどだ。まあ、その辺も色々事情があるんだろうよ。
『そりゃあ、頼まれれば受けますけど…』
　ちょっとしたコツと言うかサポーター間での約束事みたいのがある。係員に声をかけられてテーブルに着いたらサポーターとして承諾した、とみなされる…ってことになってるんだ。そして係員から一杯おごってもらうと最終的に決定、ということにもなってる（その前に席を立って断るってこともできるが、あんまり聞こえのいいことじゃないな）。何せランクや相性てのもある。こっちやあっちが乗り気でも条件が合わないってこともよくあることだ。
　実はあっせん窓口の係員からの依頼、てのはとんでもなく割りのいい仕事かとんでもなくめんどくさい仕事か、どっちかに決まっているのも相場なんでな…注意が必要ってことになる。
　だから俺もすぐに席に着いたりしない。…そしてもう一つ。係員の前にすでに二つのグラスが並んでいるのが見える。なみなみと注がれてるのはこの酒場でも一番高い酒。こりゃあ…さらに要注意ってこった。

　交渉相手の係員はここで何度か会ったことのある男。それほど悪どい依頼を押し付けてくることもないはずなんだが。俺はそいつの横に立ったままだ。
『実はね、ちょっと困った依頼なんだ。エギアのルートセラーからの依頼でね』
『ああ…ルートセラーですか』
　これまたバクチ要素満載の連中だ。妙なやつが多いんだ、ルートセラーてのは。
『なんでも迷宮内の生物調査をするんで同行して欲しい、ってことなんだ。何階層目まで、って縛りもない。報酬はこれだけでね』
　依頼受付書（依頼主の名前だとか職業だとか報酬だとかが全部書いてある。協会にも貼り出されてあるからヒマな時は掲示板を見に行くのもサポーターの勤めだ）には…『10階層ごとに銀貨10枚』となっている。…初手から銀貨10枚か…たしかにこれだとランクC以上は受けないな。それくらいならもっと割りのいい依頼が他にいくらでもある。逆に俺のようなランクDやEなら、そう悪くはない金額だ。
『ただし。相手は迷宮に潜るのは初めてだから慣らしが必要になる。…その分は別料金で銀貨5枚払うそうだ』
　慣らし、ってのは迷宮に潜るための訓練みたいなもので、2階層目くらいにまで軽く潜ってみるんだ。初めて潜るやつは必ずやることになってる。そうでないとこっちも危ないからな。
　…つまり、受けたらほぼ自動的に銀貨15枚が入ってくることになる。20階層目まで潜ればさらに10枚追加される。うん。たしかに妥当な線だな。
『ふうん…悪くないですね』
『だろう？　依頼主は女性でね。ま、そこまではいいんだが…』
　依頼受付書には『マナメ・カギョリ』と記してある。あまり聞かない名字だが、エギアにはこういう響きの名前はよくある。
『はあ』
『問題は依頼内容の詳細でね。生物調査、となってはいるけど…』
　なんだかヤバい話なのか？　ちょいちょい、と俺に手招き。俺が腰をかがめると耳に口を近づけてくる。
『本当は火吹き竜の調査らしいんだ…しかもそれだけじゃないらしい』

　火吹き竜だって…？

　迷宮にはたくさんの生物が住んでいる。ほとんどは人畜無害な連中なんだが、中には人間を襲うやつもいる。基本、そういうのは俺らが追い払う…てのはさっきまでやってた通りだ。今回はこのバカが自分で追い払っちまったけどな。
　そんな中でも最上級にヤバい、とされている中の一つが…火吹き竜と呼ばれるやつらなんだ。…おいおい、その目は明らかに信じられません、ってな目だな？　いや、これは本当なんだ。迷宮には火を吹く大きなトカゲの仲間が住んでいるんだ。俺も直接見たわけじゃねえけどよ。でも見たサポーターはかなりの数になる。
　そういう話が広まればぜひ見に行きたい、って物見高い客が来るんだが…基本的に断るようになっている。いくつか理由があるんだが、まずはその階層だ。最低でも100は潜らないといけねえ。だから自然と行けるのはランクB以上の、それも相当にレベルの高いサポーターだけになる。そうなると料金も尋常じゃない。しかも確実に見れるというアテもない。
　噂じゃ5階層目くらいで見た、てのもあるんだけどな…火、吹くんだぜ？　そんなバケモノ誰が相手にするかってんだ。